「ちょっと、そこ! あなたたちは美容師じゃなくてペテン師になりたいの?」
山口先生の講義は面白い。
言動のすべてが、超がつくほど直球だからだ。
今日の格言は、
【シャンプーに手を抜く美容師は、百パーセント・ペテン師】
らしい。
この歯に衣着せぬ物言いが苦手な学生もいるけれど、僕は嫌いじゃない。
むしろ、毎回妙に清々しい気分になる。
僕が通う『ルミエール美容専門学校』には、美容師だけでなく、メイクアップやスタイリングの道を志す学生も集まっている。
僕の目標は美容師。
ただ、できることなら髪だけじゃなく、メイクもファッションも含めて、その人自身を引き立たせられるスタイリストになりたい。
だから補講も居残りも、できる限り参加している。
「エディ君」
「は、はい」
考え事をしていると、容赦なく指される。
「美容師国家試験の合格率。春は比較的高いけれど、秋はどれくらいだと思う?」
具体的な数字までは知らない。
でも、山口先生の講義で「わかりません」は通用しない。
正解そのものより、自分なりに考えて答えることを求められるからだ。
「正確にはわかりませんが……五~六割くらいだと思います」
「はい。だいたいそんなところ」
当たった。
「でもね。結局は春だろうが秋だろうが同じ。実力のない人は落ちる。ただそれだけ」
やっぱり直球だ。
「合格したいなら、死ぬ気で毎日取り組みなさい。以上。今日の講義、終わります」
その一言で授業は終わった。
この四月から二年生。
国家試験対策も増え、実技ではシャンプーやカラーリングの練習が続いている。
手荒れも、もう日常茶飯事だ。
(今日くらいは、居残りせず帰ろうかな)
そう思いながらエントランスへ向かった時だった。
「なァ、神城ォ」
聞き覚えのある間延びした声。
振り返ると、同じクラスの山本健太君がいた。
(……嫌な予感しかしない)
「今日さァ、今から合コンやるんだけどォ。一緒行かねェ?」
やっぱり。
「ごめん。今日は予定あるから」
何もないけど。
「マジかぁ。彼女ォ?」
「うん、まあそんなところ」
嘘も方便だ。
「いいよなァ、リア充はァ」
「頑張って」
「何だよォ、余裕かましてェ。もう次は誘わないからなァ」
その言葉。
これで三回目だ。
「じゃあね」
僕はさっさとその場を離れた。
*
学校を出て、芹山駅へ向かう。
今日こそ――。
会えるだろうか。
「……はぁ」
僕には今、忘れられない人がいる。
数か月前。
ほんの数分間話しただけの女の子。
名前も、年齢も、住んでいる場所も知らない。
それなのに。
(もう一度、会いたい)
あの日から、何度も彼女のことを思い出している。
合コンを断る理由は、もう一つあった。
あの手の集まりには、あまりいい思い出がない。
☆
「はい〜ィ、みんなお待ちかねのォ、ハーフのイケメン君を連れてきましたよォ〜!」
一年ほど前。
山本君に無理矢理連れ出された合コン。
「キャー! 本当だ!」
「王子様みたい!」
「日本語OK?」
(……帰りたい)
最初から僕は完全に客寄せ扱いだった。
一緒に連れて来られていたのは、もう一人。
眼鏡をかけた、気弱そうな青年だった。
「どうも、初めまして」
「あ……初めまして。佐々木です」
「ああ、山本君の友達?」
「……まあ」
その間。
絶対違う。
「僕は神城。山本君とは専門学校が同じで」
「美容師の?」
「そう。今日も断ったんだけど、結局連れて来られて」
「やっぱり……」
彼は小さく息を吐いた。
「僕も昔からあいつに絡まれてて。見ての通り地味だから、よく馬鹿にされるんだ」
同じ中学出身というだけで、友人ではないらしい。
「じゃあ、せっかくだし僕たちだけでも普通に話そうか」
「……うん」
「僕はエディ。敬語もなしでいいよ」
「僕は……武蔵。名前負けしてるけど」
「そんなことないよ。よろしく、武蔵君」
「よろしく、エディ君」
これだけでも、今日来た意味はあったかもしれない。
そう思ったのも束の間だった。
「はいはァ〜い! 自己紹介なァ。まず陰キャメガネ君からどうぞォ」
「さ、佐々木武蔵です……」
「はい次ィ~!」
まだ名前しか言っていない。
「本日の主役ゥ。ど〜ぞォ!」
もう限界だった。
「山本君、いい加減にしなよ」
室内が静まる。
「はァ?」
「君がどう楽しもうが勝手だけど、人をぞんざいに扱うような人とは箸を交えたくない」
「エディ君……」
「帰ろう、武蔵君」
財布から一万円札を出して、テーブルに置いた。
「君たちも、この人の言い方に何も思わないの?」
「神城、空気読めよ!」
「空気読めって。それ、君が言うんだ」
その時だった。
一人の女の子が、僕を見て言った。
「ねえ……声、高くない?」
嫌な予感がした。
「思った。男なのに女子みたい」
「その顔でその声、何かイメージ違う」
「ていうか、変声期なかったの?」
さっきまでの態度が嘘みたいだった。
僕は、自分の声が嫌いではない。
男性にしては高く、電話では女性に間違えられることもある。
幼い頃から心臓だけでなく呼吸器も弱く、喉を何度も痛めた。
その影響なのかはわからない。
でも。
この声だからこそ、手に入れたものもある。
少しずつ好きになれた、自分の声だった。
だからこそ。
笑われたことが、思った以上に痛かった。
「陰キャは陰キャ同士付き合っとけば?」
笑い声が響く。
「……行こう、武蔵君」
相手にしない。
そう決めた、その時。
「待って」
武蔵君が立ち止まった。
振り返る。
肩は震えている。
それでも、彼は彼らを睨んだ。
「き、君たちの下品な笑い声の方が、よっぽどキモいよ!」
全員が黙った。
「これ以上エディ君を馬鹿にするな! ひ、人の痛みもわからないような奴は、友達でも何でもない!」
そして山本君を見る。
「陰キャだからなんだよ! その陰キャを馬鹿にしなきゃ自分を大きく見せられない程度の、ポンコツ野郎のくせに!」
……すごい。
さっきまで俯いていた人とは思えない。
しかも、語彙が意外と辛辣だ。
「武蔵君」
「……行こう」
「うん」
僕たちは、そのまま店を出た。
*
「武蔵君、ありがとう」
「こちらこそ。エディ君が声かけてくれなかったら、たぶん僕、最後まで何も言えなかったから」
「じゃあ、お互い様だね」
「もしよかったら……飲み直さない?」
「もちろん」
「今度は僕がご馳走する。あんなものに払うくらいなら、その方が百倍マシだから」
辛辣さがさらに増している。
僕は思わず笑った。
「じゃあ改めて」
グラスを掲げる。
「僕たちの出会いに」
「乾杯」
☆



