ブルーヘヴンの彼方に【改稿版】


「素敵な演出ね」
 春奈おばさんが口を開く。
「うん」
 持つべきものは、頼れる上司。特別に譲り受けたフラワーシャワー。まさかこんな形で使える日が来るなんて。
 ここは、まるですべての人の夢を叶える場所のよう。今、この瞬間に私自身の夢も同時に叶ったような――そんな気さえした。
 

    Blessin’  I love you
    魂が震える 僕らの旋律奏でたら
    空にとけてく 泡沫のように儚くとも
    Blue heaven 幸福(しあわせ)だね
    必ず咲くと信じたあなたは
    他の誰より美しく
       

「梨歩……」
 無限の色彩を帯びた旋律。それはきっと、確かな明日へと続く、希望に満ちた歓(よろこ)びの歌。
 私の視界が、涙で滲む。

   Hummin’ いつか
   あなただけのPrecious dream

   ずっと 描(えが)いて 
   心のままに  Shinin’

 溢れ出す数々の思い。でも、もう涙には頼らない。
 私は頬を伝う最後の一滴(ひとしずく)を拭うと、意を決してステージ上手(かみて)側へと向かった。

   Ah――

 終幕を彩る鮮やかなスポットライトの下で、梨歩はEDENの演奏をバックにマイクを介し、まるで言霊(ことだま)を放つように溌剌とした声で言った。
「みんな、今日は最後まであたしの歌を見届けてくれて本当にありがとう! 今までで一番、最高に幸せなライブだった。あたし、またこうしてみんなの前で歌えるように……。いつか、いつか今よりもっとパワーアップレベルアップして、プロの歌手としてステージに立てるように……あたし、絶対元気になって帰ってくるから。その時はまた是非、あたしのステージ観に来てね!」
 ありがとう! と、梨歩は生声(なまごえ)で叫んだ。

 鳴り止まない喝采。
 終始笑顔と涙に包まれた観客席。
 電子音を放ったエレキハープの音色。リバーブを利かせた心地よいサウンドは、次第に本来の繊細で神秘的な音色に変わる。
 そして、最後の旋律――
 幻想的な青いスポットライトが梨歩を包む。

「若……葉?」
「梨歩……」
 私はステージ上に立った。
 白い光が、ステージ全体を照らす。
 どよめく観客席。
 私は手に持ったブーケを梨歩に渡す。
「ステージデビュー、おめでとう」
「……!」
 いつか出逢った、青灰色の花弁が印象的な品種〝ブルーへヴン〟

 青薔薇(ブルーローズ)に願いを込めて。

「若葉……あたし……」
 私はマイク越しに梨歩に言った。

「青い薔薇の花言葉覚えてる?」

「……うん」

「まず一つ目は?」
「『奇跡』」

「二つ目は?」
「『神の祝福』」

「じゃあ、三つ目は……私たちから言うね」

 突如、照明が落とされ、ステージは再び、暗闇に包まれる。

「え、何?」
「停電?」
 どよめく観客。

 静寂の合間を縫って、エディさんが私の右隣に立った。僅かな視界の中、彼と私は息を合わせ、呪文を唱えるように声を放った。

「夢、かなう」

 青と白のスポットライト。閃光弾のような眩(まばゆ)さが、今一度ステージ周辺をきらびやかに染め上げる。
 

「若、葉……っ」
 ブーケが梨歩の手に渡った次の瞬間、梨歩が私に抱きついた。
 その温もりが、全身へ流れ込んでくる。

「梨歩……っ」
 いつか、梨歩が自らの足でステージに立つ日が来たら、この世で最高の、祝福の花を贈るから。

 いつかの約束。やっと果たせた。この瞬間、私の夢も叶ったんだ。

「あ……!」
「どうしたの? 梨歩」
「今、涼ちゃんが」
「涼平さん?」

 姿形は見えなくても、それはきっと夢でも幻でもない。涼平さんは、梨歩のステージを観に来たんだ。

「うん。来てくれてたんだなと思って」
「きっと観てるわよ。今も」

 時空を超えた涼平さんの思いは、充分すぎるくらい梨歩に伝わっているのが私にもわかる。

「そうだね」

 梨歩は涼平さんの忘れ形見となったエンゲージリングを見つめる。
 スポットライトの光を浴びたダイヤモンド。小さいながらも、一貫して洗練された輝きを放ち、梨歩をより一層引き立たせる不思議な存在感。
 まだあどけなさが残る梨歩のはにかむような笑みですら、“大人の女性”を感じさせる。

「涼ちゃん……」

 喝采が手拍子となって、ステージから楽器の音色が幾重にも響き始めた。

「それでは、桜ヶ丘梨歩……アンコール、歌います!」

 続いての曲は、と梨歩は高らかにマイクを天に掲げる。

――梨歩。
      君がいて  僕がいて
      世界が次第に色づいて

 これからもずっと、歌い続けて。

      幸せな時を刻む日も
      終わり告げる鐘が響く日も
     (La La La……)
 エディさんのハミングが、梨歩の伸びやかな歌声に重なる。

      すべて君と僕がいた
      愛しい記憶
      永遠(とわ)より永(なが)い 宇宙(そら)の彼方に

 すべての人の心に届く、あなたの歌声を。

      いつまでも どこまでも

 どうか、どうか……

      届け  響け

 永遠(とわ)に続く、祝福の旋律(メロディー)に乗せて。

      Over the world 
  〈Fin〉