ブルーヘヴンの彼方に【改稿版】


E

D

E

N

 
 梨歩が突如立ち上がる。

「う……そ……」

 漸く悟ったようだ。

(サプライズ、成功ね)

 アップテンポで爽やかなメロディーラインが心地良い。
疾走感溢れる旋律――歓声に包まれたステージ周辺を彩る七色の光はまるで夜の虹。

 夜風に揺られて歌うように咲き乱れた薔薇の花々は、まるで観客の一部のようにも見えた。

 エディさんが、歌いながらステージを降りる。
「えぇ! 降りてきたし! って、嘘でしょ……何で? こっち来る――」

 エディさんは梨歩の手をとり、そのままステージに向かって歩いていく。
「ちょ、ちょっと……!」

 ステージ中央のステップを駆け上(のぼ)るエディさん。その勢いで梨歩も一緒にステージへと上げられた。
「EDENの園へ、ようこそ」
 エディさんはマイク越しに笑顔で梨歩に言った。
 梨歩はひどく困惑している様子。

 歓声が大きくなる。
 案の定、梨歩は視線の先に広がるその景色に目を瞬(しばたた)かせている。

 一曲目が終わり、 エディさんが大きく一礼する。
 それに合わせて残りのメンバーの人たちが、それぞれのパートの楽器音を鳴らす。

「皆さんこんばんは! はじめまして、 EDENです!」

 歓声と喝采がこだまする庭園。

「続いての曲は、新曲! たくさんの応募の中から見事音源化のチャンスを勝ち取ったのは、ここにいる彼女……桜ヶ丘梨歩! おめでとう!」

「あ、ありがとう」
 硬直気味の梨歩。声が上擦っている。

 エディさんは続けた。

「その唯一無二のコラボ作品。その名も……」
 
 チラッとカンペを見たのは、私の気のせいだろうか。

「あら、今あの子カンペ見たわね」
 全然気のせいじゃなかった。
「唯一無二のコラボなら、そんなもんに頼ってないで脳みそに叩き込んで来なさいよ。全く」
 ロゼさん、容赦ないな。

「良かった。少し遅くなっちゃったけど、間に合ったみたいね」
 春奈おばさんは安堵したような笑みを浮かべる。
「あら?」
「アラ?」
 ロゼさんと春奈おばさんの声が重なった。
「まぁ、源(げん)ちゃんじゃないの!」
「は、春奈先輩!? どうしてっ……」
「娘のステージを、ね」
「え! あのクソ小生意気な……」
「――え?」
「あ、いえ。何でも。ほほ。まぁ~、可愛らしいお嬢さんだこと」
(まさかの知り合い同士……)
 偶然の再会を果たした二人は、元職場の先輩後輩の関係だそうで。
 ということは。
「あの、ロゼさん」
「なぁに? 若葉ちゃん」
「ロゼさんって、看護師……だったんですか?」
「――ええ、そうよ」
「本名は、高科(たかしな)源氏(げんじ)っていってね。当時はイケメン看護師で名を馳せてたのよね。大人気だったのよ、おばあちゃんに」
 春奈おばさんが暴露する。
「ちょっと、先輩! アタシはっ――」
「とっても優秀でね。患者さんからも人気があって、あっという間に看護師長への話まで進んだほどよ」
「へぇ。そんなに優秀な看護師さんだったんですね」
「えぇ。実習生の頃から面倒見が良くて。当時、まだ小さかったエディ君の担当もしていたのよ」
 ああ、それでエディさんとは親しいんだ。
「まぁ、そんなこんなで今は――こんなんになっちゃったけどね~」
 ロゼさんは春奈おばさんに「あとでゆっくりお話ししましょう」と言って、ステージの方に向き直る。
「“ブルーヘヴンの彼方に”!」

 梨歩の渾身の一曲。締め切りギリギリまで何度も何度も書き直したという。更に、エディさんがほぼ強制的に期限を設定して梨歩を追い込んで提出させ、彼もまたものすごいスピードでこの曲を完成させた。
 この曲が生まれる瞬間を私は間近で見ていたが、圧巻過ぎて記憶が断片的になってしまい、正直あまり覚えていない。
あの日はまだ生まれたばかりの音だった。でも、今夜は初めて完成した『ブルーヘヴンの彼方に』を聴く。
そして、今日は梨歩がメインヴォーカルを務める。
 夢の舞台は、整った。