ブルーヘヴンの彼方に【改稿版】


 どうやら僕は、妹を甘やかし過ぎたらしい。
「エリサ! いい加減にしろ!」
 近くにあった楽譜(スコア)で頭を小突く。
「いった! 兄貴のくせに生意気な!」
 CanDyの看板モデルの実態を知ってしまった若葉ちゃんは、今どんな気持ちなんだろう。
 多分、もう二度と同じ目では雑誌を読めない気がする。

「おい、お前だってまだ高二だろうが。俺らより年下のくせに、いちいち生意気なんだよ。ちったぁ弁(わきま)えろ、性格ブスが」
 ギターの調弦をしていたミナトが、苛立った様子で口を挟んだ。
 嫌な予感。

「はあぁ? 何なのあんた。大して存在感もないくせに頭だけ真っ赤にしてさ。そんなんだからモテないんだよ、このトマトヘッドが」
「ぁア? 何だ、やンのか?」
「ああ、もう! 喧嘩なら後にしてくれない? 今日はゲストが来てるんだからさぁ」
 キリトが割って入り、どうにか収まった。

「ごめんね、若葉ちゃん。せっかくの誕生日なのに。あの二人、特に仲悪くてさ。顔合わせるたびに喧嘩になるんだ」 「……へぇ。それでよく一緒にバンドやってるわね」
「やっぱりそう思う?」
「あ! ご、ごめんなさい、つい……」
「いいよ。本当のことだし。あれでも演奏中は、驚くほどみんなストイックだから」
 期待してて。
 僕は笑ってそう言った。

「ところで、若葉ちゃん」
「え、何?」
「さっき僕がドア開ける前まで、何想像してたの?」
「……それ、今聞くの?」
「うん。ずっと引っかかってたから」
 若葉ちゃんは俯いた。

「な、何って……エディさんが全然教えてくれないから、てっきり……」
「てっきり?」
「……襲われるのかと、思って……」
 何と。

「ぷッ……くくく……」
「わ、笑わないで! 本当に怖かったんだから!」
「ははは、ごめんごめん。そういうことなら、この後の予定……考え直そうかな」
「え……?」
「冗談だよ。いちいち素直に反応してくれるから、面白くてつい」
「ひ、ひどい……」
「ごめんね。もうしないから。それじゃ、本題に進もうかな」
 僕はドラムセットの陰から、黒いハードケースを引っ張り出した。

「あ、兄貴。本気だね」
「当たり前だ」
 ケースを開き、楽器を肩にかける。

「よし。準備OK」
 マイクスタンドの前に立つ。

 クリスタル仕様の小型ハープ。
 僕の相棒。
 教会なんかに置いてあるグランドハープとは違う。
 軽やかなのに、どこか荘厳。
 そして、僕の一番好きな音がする。

「それじゃ、まず音出しから」

 弦を爪弾く。
 澄んだ音が、空気の中へすうっと溶けていく。
 直後、歪んだ電子音が重なった。
 柔らかな音に、重みが加わる。
 そこへ、各パートの音が次々と重なっていく。

「それじゃ、いくよ」
 キリトがカウントを刻んだ。