ブルーヘヴンの彼方に【改稿版】

 ここは、僕のバイト先。
 今日は定休日で、店は閉まっている。
「あ~らぁ、相変わらずお熱いわねえ」
 この人は、いつだって神出鬼没だ。

「え、ロゼさん? こんにちは……」
 休日にも店にいるなんて仕事熱心なんだな、と若葉ちゃんなら思うかもしれない。
 いや。
 そんなことはない。

「相変わらず暇そうだね」
「オ~ッホホホ。姐さまをなめんじゃないわよ、エディ。ほら、こっちよ」
「サンキュー」
 ロゼさんはカフェの裏口を開け、バックヤードへ続く通路に僕たちを招き入れた。
「ささ、今日は思う存分暴れてきなさい。見張っててあげるから」
「え、暴れるって?」
「いいから、若葉ちゃん。とりあえずこっち」
 僕は彼女の手を引き、地下へ続く階段を下りていく。

「もう少しで着くからね」
「う、うん……」
 何の説明もなしに地下へ連れてこられたら、そりゃ不安にもなるか。
 若葉ちゃんの表情が、少しずつ強張っている。

「ここまで来れば大丈夫かな」
「あ、あの。エディさん」
「何?」
「えっと……私、心の、準備が……」
「ああ、緊張してるの? それなら大丈夫だよ。もうすぐ着くから」
「えっと、そうじゃなくて……」
 何か言いたげだ。

「ほら、着いたよ」
「えぇっ!!」
 何故かいつにも増してオーバーリアクション。
 まあ、面白いからいいんだけど。

 僕がドアノブに手をかけた瞬間。
「ちょ、ちょっと……ま、待って……!」

 若葉ちゃんが必死に僕の腕を掴んだ。
「ちょ、若葉ちゃん。どうしたの?」
「ここ、密室……だったり、する?」
「あ、うん。まあ、防音だからね。音は外に漏れない作りになってるよ」
「!! あ、あの。私、やっぱり――」
 ガチャッ。
 僕はドアを開いた。

「キャッ!!」
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。ほら」
 背中をそっと押して、室内へ促す。
「ちょっと、やめ――」
「あ、お疲れー」
「あ、キリト。遅くなってごめん」
 ドアのすぐそばにいたのは、長い髪を後ろで束ねた少年――キリト。

「あ、エディさんのガールフレンドですか?」
 相変わらず人懐っこい。
 初対面だというのに、もう距離が近い。

「若葉ちゃん、紹介するね」
 僕は彼女をさらに部屋の奥へ招き入れた。
「え? ここは……」

 ここは、僕ら専用の秘密の音楽スタジオ。
 この店の地下にこんな場所があるなんて、若葉ちゃんはもちろん、他の客は誰も知らない。

「初めまして。俺、深海(ふかみ)キリトっていいます。あっちの赤髪で目つき悪い奴は、双子の弟のミナト。それで――」
「そのくらいにしておけ」
「あ、アサ兄(にい)」
「キリト、喋り過ぎだ」
 一際背の高い、白銀色の髪をオールバックにした青年。
 その手にはヴァイオリン。
「俺はガーディナー亞紗斗ステファンだ。アサトと呼んでくれればいい」
「こ、こんにちは。山口若葉、です」
 次々に現れる人間に戸惑いながらも、若葉ちゃんは丁寧に頭を下げた。
「アサ君は現役の音大三回生なんだ」
「え、音大? すごい」
「ちなみに、キリトとミナトとは従兄弟同士」
「え、そうなの?」
 まあ、家系図を書くと少々ややこしい。