ブルーヘヴンの彼方に【改稿版】


   *

「梨歩!」

 若葉?
 そこに、いるの?

「梨歩ッ! 起きて! 起きてよ!」

「梨歩……」
 ――誰?
 知らない声が、若葉の近くから聞こえる。

 でも、この声。  どこかで聞いたことがあるような、懐かしい響きだ。

 ああ、眩しい。
 徐々に視界が鮮明になっていく。

「梨歩!」
「わ、か……ば……?」
 若葉。

 やっぱり若葉だ。  あたし、戻ってこられたんだね。
 よかった。

「梨歩……?」
 あ、この声……さっきの。
 知らないはずなのに、どこか懐かしい声の人。

「え……」

 嘘でしょ?
 まさか。  まさか――?

「エ……ディ?」

 どうして、エディが?

「エディさん、どういうこと?」
「……」

 エディ、どうして若葉と……一緒にいるの?

 何で?  何がどうなってるの?

「……ごめん、若葉ちゃん。実は――」
 エディが何かを呟く。それを聞いた若葉が驚いたように目を見開いた。

 嫌だ。
 すごく気まずい。

 何で、よりによってこのタイミングでエディが現れるの……?

「……と、とにかく。梨歩、無事でよかった。私、おばさんから報(しら)せを受けて、本当にびっくりして……。それで、彼に。エディさんに――」
「やめて」
「え……」
「やめて。聞きたくない……」
「り、梨歩?」
「……お願い、帰って」
「ちょっと、梨歩。若葉ちゃんたち、遠出先からわざわざ引き返して駆けつけてくれたのよ」
「お母さんは黙ってて!」
「梨歩!」
「いいから! 二人とも帰ってよ!」

 嫌だ。
 もう嫌だ。
 何で、こうなっちゃうの?

「……会いたくない」

 こんな形で彼に会いたくなかった。

 こんな惨めな姿、彼にだけは見せたくなかったのに。

 さっきの夢の続きを、どこかで期待していた。
 もし、またエディに会えたなら。
 笑って、 「あの時、友達になってくれてありがとう」って伝えるつもりだったのに……。

「ごめんなさいね、二人とも。せっかく来てくれたのに……。梨歩、ちょっと疲れてるみたい。また今度来てもらってもいいかしら?」

 お母さん、やめてよ。
「もう来なくっていいってばッ!!」
 嫌だ。  嫌だ。  嫌だ。
 あたし、今ものすごく惨めじゃん。

 あたしの知らない間に、どういうわけか二人の時間は進んでいて。

 ずるい。
 どうして、あたしばっかりこんな思いしなくちゃいけないの。

「梨歩、一度落ち着きなさい」
「出てって! 出てってよ!」
 嫌い。  嫌い。  嫌い。
 誰も、あたしの気も知らないで。
 何なのよ。

「わかったわ。今日は帰るね、梨歩……」
「驚かせて悪かった。それじゃ、僕も今日はこれで失礼するね。お大事に――」
「病人扱いしないでよ! 好きでこんな躰になったわけじゃないのに……」
 ああ、最低だ。

 あたし、今……若葉にもエディにも八つ当たりしてる。
 でも、抑えられない。

 こんなの、いつものあたしじゃない。

「……ごめん。無神経だったね」
 違う。
 エディは悪くない。

「――もういい。早く……行って」
 こんな言い方しかできない自分が、大嫌い。
 あたしは二人に背を向けた。

 布団越しに、ドアの閉まる音がした。