ブルーヘヴンの彼方に【改稿版】


 あたしは、過去のあたしに背を向けた。
 辛すぎて、彼女をあやすこともできない。
 きっと、あたしの声も届かないだろう。

「あそびたいよぉ――!!」

『やめて! やめてよ!』

 聞きたくない。
 見たくない。
 昔の自分なんて、大嫌い。

 引き返そうと一歩踏み出す、その直前。

「どうして、ないているの?」

 懐かしい声が響いた。
 思わず振り返る。

(あ……!)

 ブロンドの髪の隙間から覗く、鮮やかなグリーンの瞳。
 入院着を纏ったその小さな躰から伸びた、儚げだけれど優しく――力強い腕。

「ぼくは、かみしろエディ。きみは?」

(エディ……)

 小さなエディの手が、もっと小さなあたしの手を包む。
 その手が温かいかどうかなんて、今のあたしにはわからないはずなのに。
 何故か、自分の手にも彼の温もりが伝わってくるような錯覚に陥る。

「さくらがおか、りほ。よん、さい……」
「りほ、どうしてないてるの?」
「りほも、おともだちと……おそとであそびたいの」

(そうだ、あたし――)
 寂しかったんだ。
 ずっと……。

「でも、りほは、びょうきだから、だめなんだって……。おそとであそんだら、しんじゃうかもしれないから。でも、おともだちとおはなししたいの。いっしょにあそびたいのに……あえないの。いやだ、そんなの。いやだよう……」

 エディ。
 あたし、覚えてる。
 あなたが、あたしに言ってくれたこと。

「――じんるい、みな、きょうだい」
 小さなエディが、呪文を唱えるように言った。

「なあに? それ」
 小さなあたしが彼に訊く。

「とうさんがいってた。ひとは、みんなきょうだいみたいに、なかよくなれるいきものなんだって。だから、ぼくたちもきっと、なかよくなれるよ」
「ほんと?」
「りほ。きょうからぼくたちは、ともだちだ。だから、もうなかないで」

 エディ、あたしね。
 あなたがくれた言葉を支えに、これまで生きてこられたのよ。

 その言葉を必要としている人に、今度はあたしの口から伝えることもできた。
 そして、その魔法の言葉のおかげで。
 あたしにも、ずっと欲しかった大切な友達ができたの。

 言葉って、不思議。
 目には見えない。
 触れることもできない。
 声が聞こえなくなっても、それでも消えないんだね。
 信じれば信じるほど、その言葉の意味も、威力も強くなっていく。

 だから、あたし。
 まだ死ねない。
 あたし、たった今、夢ができたの。
 ううん。
 正確にいうと、“思い出した”の。
 今度、あなたに出会ったら。

「ありがとう」を、一番先に伝えたい。