Boundary & Mind-心の境界線-創造主-



休日の神代家には、珍しく穏やかな時間が流れていた。

広大な敷地に建つ和モダンの邸宅。そのリビングには大きな窓から柔らかな陽光が差し込み、手入れの行き届いた庭園を明るく照らしている。秋風に揺れる木々の向こうには澄んだ青空が広がり、室内には淹れたてのコーヒーの香りが漂っていた。

ソファに腰掛けているのは、神代和春と三人の妻たちだった。

和春は黒いシャツの袖を軽くまくり、コーヒーカップを片手にくつろいでいる。向かいには銀色の長い髪を流した愛華。その隣では、黒髪に銀色のインナーカラーを持つ真綾が、楽しそうに何かを話していた。

少し離れた窓際には、青い長髪の瑠璃が座っている。彼女はカップを手にしたまま、静かに庭を眺めていた。

普段なら誰かしらの声が聞こえてくる神代家だが、今日はルルと和真が公園へ出かけていた。

「たまにはいいよね。こういうのもさ」

真綾がコーヒーを一口飲み、満足そうに微笑んだ。

「何も予定を入れない休日って、案外贅沢だと思わない?」

「そうね。私は静かなのが好き。人は騒がしいもの」

瑠璃が窓の外を眺めたまま答える。

元人魚である彼女は、今も人間という種族を好んでいない。人間の欲望や身勝手さを嫌い、必要以上の関わりを避ける。その考え方は、和春たちと暮らすようになってからも簡単には変わらなかった。

しかし、この家で過ごす時間だけは別だった。

人間という種族を嫌うことと、目の前にいる家族を大切に思うことは、必ずしも矛盾しない。

「瑠璃は賑やかな場所が苦手ですものね」

愛華が柔らかく微笑む。

「ええ。人間は必要のないことまで喋るでしょう?」

「……それ、今の俺たちも含まれてるのか?」

和春が尋ねると、瑠璃は静かに視線を向けた。

「もちろん」

「即答かよ」

「でも、和春は嫌いじゃないわ」

「……なら、最初からそう言ってくれよ」

瑠璃は小さく微笑み、再びコーヒーへ口をつけた。

真綾が笑いながらソファに身体を預ける。

「あははっ! 瑠璃って、たまにすごく素直だよね」

「いつも素直よ」

「それは確かに」

真綾が楽しそうに笑う。

愛華はそんな二人を眺めながら、和春へ視線を向けた。

「それにしても、今日は珍しくのんびりしていますね、和春」

「俺だって休日くらい休むぞ」

「ええ。今日はまだ何も起きていませんからね」

「……それ、何か起きる前提じゃねえか」

愛華は穏やかに微笑んだ。

「違うんですか?」

「お前な……」

「でも、和春って面白そうな話があると、すぐ考え始めるじゃん」

真綾が会話に加わった。

「さっきまで休んでたのに、気づいたら仕事の話してたりするし」

「それは仕事だから仕方ねえだろ」

「休日でも?」

「……まあ、内容によるな」

「ほら」

真綾が得意げに笑う。

瑠璃は小さくため息をついた。

「人間は本当に落ち着きがないわね」

「だから俺も休んでるだろ」

「ええ。今のところは」

「お前ら、揃いも揃って……」

和春は苦笑し、コーヒーを飲んだ。

そんな何気ない会話が、いつまでも続くように思えた。

しかし、その穏やかな時間は、唐突に終わりを迎えることになる。

◇

「ぱぱー!」

リビングの扉が開き、元気な声が響いた。

オレンジ色の長い髪を揺らしながら、ハルカが部屋へ飛び込んでくる。その後ろには、肩までの髪を整えたのどかの姿もあった。

「……噂をすれば、ね」

真綾が笑った。

「別に噂してねえだろ」

和春はカップを置き、娘たちへ顔を向ける。

「どうした、ハルカ。また何か作ったのか?」

「今日は発明の話じゃないよ!」

「……珍しいな」

「ぱぱ、私が毎回発明の話しかしないみたいに言わないで!」

「違うのか?」

「……違わないけど!」

真綾が吹き出した。

愛華も口元を押さえて微笑む。

しかし、のどかの表情を見た和春は、すぐに空気の違いへ気づいた。

ハルカは普段どおり元気に見えるが、どこか落ち着かない。のどかも、何かを説明するために言葉を整理している様子だった。

「……何かあったのか?」

和春が尋ねる。

「うん。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」

「わかった。座れ」

和春が向かいのソファを指さした。

愛華は二人のために飲み物を用意し、テーブルへ並べる。

「ありがとうございます、まま」

のどかが礼を言い、ハルカも「ありがと!」と笑った。

二人が腰を下ろすと、和春は静かに続きを促した。

「それで?」

ハルカは一度、のどかと顔を見合わせた。

「……今日ね、研究室に知らない男の人が来たの」

「知らない男?」

「うん。名前は、はるた」

「……はるた?」

和春が聞き返す。

聞き覚えのない名前だった。

「知り合いか?」

「ううん。初めて会った人」

「どうやって研究室に入ってきたんだ?」

「それがね……」

ハルカは少しだけ言葉を選んだ。

「別の世界から来たんだって」

和春の眉が、わずかに動いた。

「……ほう?」

真綾も興味深そうに顔を上げる。

「別の世界? それって、異世界から来たってこと?」

「うん。はるた自身がそう言ってた」

「原因は?」

和春が尋ねる。

「次元収納装置を使っていたら、空間に異常が起きたらしいんだ。それで、こっちの世界に飛ばされちゃったみたい」

「……なるほどな」

和春は静かに頷いた。

その反応を見て、ハルカが少し驚く。

「ぱぱ、あんまり驚かないね」

「驚いてるぞ。ただ、驚いたところで何かが変わるわけじゃねえだろ」

「……まあ、そうだけど」

「それに、今は何が起きたのかを知る方が先だ」

和春はコーヒーを置いた。

「その装置は、こっちへ来たときに壊れたのか?」

「詳しくはまだわからない。でも、空間の異常が原因なのは間違いなさそう」

「そうか。帰る方法は見つかったのか?」

「まだ。だから私たちも一緒に考えてたんだよ」

和春は小さく頷いた。

「……なるほど」

彼には物理学や技術に関する幅広い知識がある。装置の原理や構造について説明されれば、その考え方を理解することもできるだろう。

しかし、知識があることと、実際に装置を設計して完成させることは別の能力だ。

和春は発明家ではない。

技術的な調査や開発はハルカの領域であり、自分が安易に口を出すべきことではないと理解していた。

彼がまず確認すべきなのは、何が起きたのか、誰が関わっているのか、そして何が問題になっているのかという全体像だった。

「……それで、そのはるたって男はどんな奴なんだ?」

その質問を待っていたかのように、ハルカの表情が明るくなった。

「それがね! すっごく面白い人だったんだよ!」

「……ほう?」

「私の次元収納を見て、すぐに仕組みの話ができるの! しかも、ただ質問してくるだけじゃなくて、制御の考え方とか、構造上の問題とか、ちゃんと理解してるんだよ!」

ハルカは身を乗り出した。

「こっちの世界の技術なんて初めて見るはずなのに、話が通じるのがすごく早くてさ! もっといろいろ聞きたかったんだけど……」

「……ずいぶん気に入ったみたいだな」

「うん!」

ハルカは即答した。

「一緒に研究したら、絶対面白いと思う!」

和春は小さく笑った。

「それはよかったな」

ハルカがそこまで興味を示すのは珍しい。

自分の研究に対して強いこだわりを持つ娘が、初対面の相手とそこまで話が弾んだのなら、少なくとも技術的な理解力は高いのだろう。

しかし、それだけで相手の人間性まで判断することはできない。

和春は続きを促した。

「のどかは、どう見た?」

「私も、興味深い方だと思いました」

のどかが落ち着いた声で答える。

「知らないことは知らないと答えていましたし、私たちの説明もよく聞いていました。ただ……」

「ただ?」

「少し、不思議な感じがしたんです」

和春の目が細くなる。

「……どういう意味だ?」

「知識が豊富というだけではなくて、物事のつながりを最初から理解しているような……」

のどかは少し考えた。

「うまく説明できないんですけど、こちらが話す前から、ある程度のことを知っているような印象がありました」

「……なるほどな」

和春は頷いた。

「それは、何か根拠があったのか?」

「明確な証拠があるわけではありません。会話の中で感じたことです」

「そうか。なら、今は印象として置いておこう」

のどかは頷いた。

「はい」

和春はそれ以上、追及しなかった。

印象は重要な情報になることがある。しかし、印象だけを根拠に相手を決めつければ、判断を誤る可能性もある。

大切なのは、事実と推測を混同しないことだった。

◇

「それから、はるたさんにはもう一人、一緒にいる方がいました」

のどかが続けた。

「……もう一人?」

「正確には、AIです」

「AI?」

「はい。腕時計型のホログラムデバイスから投影されていて、名前はレインさんとおっしゃいました」

和春がわずかに眉を上げる。

「腕時計型のホログラムAIか」

「うん!」

ハルカが勢いよく頷いた。

「ヘッジみたいに自分で考えて会話できるの! しかも、投影の方式が違うみたいで、すごく気になったんだよ!」

真綾が興味深そうに身を乗り出す。

「へえ! どんな子だったの?」

「すっごく綺麗な人だった!」

ハルカが笑顔で答えた。

「青白い光をまとっていて、髪も長くて。見た目は人間の女の人みたいなんだけど、ちゃんとホログラムなの!」

「それは見てみたいなあ」

真綾が楽しそうに笑う。

愛華も頷いた。

「ヘッジとは違う技術なんですね」

「そうなの! だからもっと詳しく聞きたかったんだけど……」

ハルカの表情が曇った。

和春は、その変化を見逃さなかった。

「……何があった?」

ハルカは一度、口を閉じた。

そして、少し困ったように笑う。

「……リリアさんが来たの」

その名前を聞いた瞬間、瑠璃が窓から視線を戻した。

真綾はカップを置き、愛華も静かに二人を見つめる。

和春は表情を変えず、続きを促した。

「……リリアが?」

「うん。研究室の空間が突然裂けて、そこから現れたんだ」

「……なるほどな」

「最初はすごく警戒してた。はるたが何者なのか、確かめようとしてたみたい」

のどかが説明を引き継ぐ。

「リリアさんは、はるたさんが境界を越えてきたことを問題視しているようでした。正体を確認しようとしていたんです」

「それで?」

「はるたさんは……自分から血を差し出したんです」

和春の指が止まった。

「……血?」

「はい」

のどかが頷く。

「リリアさんには、血から記憶を読み取る能力がありますから。それを利用して、自分が敵ではないことを証明しようとしたようでした」

「…………」

和春は、ゆっくりとカップを置いた。

「……待て」

その声音が、わずかに変わる。

ハルカとのどかが顔を上げた。

「……ぱぱ?」

「今の話、少し確認したい」

和春はのどかへ視線を向ける。

「はるたは、リリアに血を飲ませたんだな?」

「はい」

「その目的は、記憶を読ませるためだった」

「そうです」

「……なるほどな」

和春は腕を組んだ。

そして、静かに言った。

「おかしいな」

ハルカが首を傾げる。

「……え? 何が?」

「はるたは、別の世界から来たんだよな?」

「うん」

「リリアとは初対面だった」

「そうだよ」

「なら、どうしてリリアが血から記憶を読めることを知っていた?」

その問いに、ハルカとのどかが同時に口を閉じた。

「…………あ」

先に声を漏らしたのはハルカだった。

のどかも、はっとしたように顔を上げる。

和春は二人の反応を確かめ、続けた。

「リリアが吸血鬼だと知っていたとしても、血を吸うことと記憶を読むことは別だ。吸血鬼なら誰でも同じ能力を持っているわけじゃねえ」

「……確かに」

真綾が静かに頷く。

「しかも、自分から血を飲ませたんでしょ? 相手の能力を知らなきゃ、なかなか思いつかない行動だよね」

「そういうことだ」

和春は頷いた。

「問題は、はるたがどうしてその方法を選べたのかだ」

愛華が静かに口を開く。

「和春。誰かから教わっていた可能性はありませんか?」

「ああ。もちろんある」

和春は即答した。

「誰かから聞いたのかもしれないし、何らかの方法で事前に調べていたのかもしれない。あるいは、俺たちが知らない情報を持っている可能性もある」

「……最初から知っていた、ということですか?」

のどかが尋ねる。

「それも一つの可能性だな。ただし、まだ決めつける段階じゃない」

和春は二人へ視線を戻した。

「リリアが来る前に、血から記憶を読む能力について誰かが説明していたか?」

ハルカが首を横に振る。

「ううん。少なくとも私たちは話してないよ」

「私も説明していません」

のどかが続けた。

「リリアさんの能力について、はるたさんに教えた記憶はありません」

「……そうか」

和春は少し考えた。

「なら、もう一つ確認だ。はるたは、リリアが現れる前から名前を知っていた様子だったか?」

ハルカは記憶を辿るように考え込んだ。

「……うーん。そこまではわからないかな」

「私も、断言はできません」

のどかが答えた。

和春は頷いた。

「わかった。なら、その点は保留だ」

ハルカが不思議そうに尋ねる。

「……ぱぱ、それってそんなに大事なこと?」

「ああ。結構重要だぞ」

和春は静かに答えた。

「初対面の相手が、自分たちしか知らないはずの情報を持っていたら、理由を考える必要があるだろ?」

「……うん」

「ただし、知っていたからといって敵とは限らねえ。そこは分けて考えろ」

のどかが小さく頷いた。

「はい」

和春は続けた。

「問題は二つだ。はるたがリリアの能力を知っていた理由。そして、リリアがその血から何を読み取ったのか」

真綾が楽しそうに笑った。

「和春、完全に仕事の顔になってるよ」

「……そうか?」

「うん。さっきまでのんびりコーヒー飲んでたのに」

愛華も柔らかく微笑んだ。

「気になることがあると、すぐ考え始めちゃうんですね」

「まあ、職業病だな」

和春は苦笑した。

瑠璃は静かにカップを置く。

「……人間は本当に面倒なことが好きね」

「好きで面倒に巻き込まれてるわけじゃねえよ」

「でも、楽しそうよ」

「……否定はしねえ」

真綾が笑った。

しかし、和春の視線はすぐに娘たちへ戻った。

「それで、リリアは血を飲んだ後どうした?」

ハルカが答える。

「急に笑い始めたんだよ! 最初は警戒してたのに、血を飲んだ途端、すっごく楽しそうになって」

「……なるほど」

和春が目を細める。

「それから、はるたを連れていったのか?」

「うん。ルミナスに」

「本人は?」

「嫌がってたよ! でも、リリアさんが勝手に空間を裂いて、そのまま連れてっちゃった」

和春は小さく息を吐いた。

「……あいつらしいな」

◇

「……つまり」

真綾がカップを置き、話を整理するように口を開いた。

「別世界から来たはるたって人が、ハルカたちと研究の話をしていた。そこへリリアが現れて、血を飲んだら急に気に入っちゃった。それで、そのままルミナスへ連れていった……ってこと?」

「うん!」

ハルカが頷く。

「だいたいそんな感じ!」

「すごい話だねえ」

真綾は楽しそうに笑った。

「休日の話題としては、なかなか刺激が強いよ」

「笑い事じゃないよ、真綾ママ!」

ハルカが少し頬を膨らませる。

「はるた、すっごく嫌がってたんだから!」

「ごめんごめん。でも、リリアのことだから、なんとなく想像できちゃってさ」

「……それは否定できないけど」

ハルカは少しだけ肩を落とした。

愛華が静かに口を開く。

「でも、気になるのは、リリアさんが何を知ったのかですよね」

「……ああ」

和春が頷く。

「血から記憶を読んだ後で態度が変わった。なら、その中にリリアが興味を持つ何かがあったと考えるのが自然だ」

「でも、何を見たかはわからないんでしょう?」

真綾が尋ねる。

「そうだな」

和春は答えた。

「今の情報だけじゃ判断できない」

瑠璃が静かに呟いた。

「……あの方が興味を持つなんて、よほど珍しい存在なのね」

「だろうな」

和春は頷いた。

「リリアは退屈を嫌う。普通の迷い人なら、必要な確認だけして終わりでもおかしくねえ」

「でも、はるたさんを連れていった……」

のどかが呟く。

「ああ。だからこそ、その理由が気になる」

和春は少し考えた。

「……ハルカ」

「ん?」

「お前は、はるたを信用できると思ったか?」

「うん!」

即答だった。

「話してて楽しかったし、私の発明にもちゃんと興味を持ってくれた。それに、わからないことはわからないって言うんだよ」

「……なるほど」

「知ってるふりをしないし、私の話もちゃんと聞いてくれる人だった」

和春は静かに頷いた。

「のどかは?」

「私も、信用できる方だと思います」

のどかは落ち着いた声で答えた。

「ただ、何か隠しているような印象はありました」

「……そうか」

「でも、私たちに危害を加えようとしている様子はありませんでした」

和春は小さく頷いた。

「わかった」

ハルカが少し不安そうに顔を上げる。

「……ぱぱ、はるたって怪しい人なのかな?」

和春はすぐには答えなかった。

そして、ゆっくりと首を横に振った。

「怪しいかどうかは、まだわからねえよ」

「……え?」

「情報が足りない。だからこそ、今の段階で決めつけるべきじゃない」

和春は静かに続けた。

「何かを知っていることと、悪意を持っていることは別だ。知っている理由がわからないからといって、敵だと判断するのは早すぎる」

のどかが小さく頷いた。

「……はい」

「それに、リリアが連れていったなら、本人に聞くのが一番早いだろ」

「……リリアさんに?」

「ああ」

和春は小さく笑った。

「ただ、素直に話してくれるかは別だけどな」

真綾が吹き出した。

「あははっ! そこが一番問題じゃない?」

「間違いねえな」

和春も笑った。

◇

「……で、ぱぱ」

ハルカが改めて尋ねた。

「どうするの?」

和春はコーヒーを一口飲み、静かにカップを置いた。

「まずはリリアに連絡を取ってみる」

「本当!?」

「ああ。別に喧嘩しに行くわけじゃねえしな」

ハルカの表情が明るくなる。

「よかった!」

「ただ、状況を確認するのが先だ。はるたがどういう状態なのか、本人が帰りたがっているのか、それとも何か事情が変わったのか。そこを知らなきゃ判断できねえ」

のどかが頷いた。

「そうですね」

和春は続けた。

「それに、元の世界へ帰る方法を探しているなら、必要な人材や情報を集めることはできる。技術的なことはハルカたちの領域だが、俺にも協力できることはあるだろ」

「ぱぱも一緒に研究するの?」

ハルカが尋ねる。

和春は苦笑した。

「いや、俺は研究者じゃねえよ」

「……そうだね」

「知識があることと、実際に装置を作れることは別だ。お前みたいに設計して形にする能力は、俺にはない」

ハルカは少し照れたように笑った。

「……えへへ」

「ただ、必要な人を集めたり、問題を整理したり、別の角度から考えることならできる。それが俺の仕事だからな」

「……コンサルタントですね」

のどかが微笑んだ。

「ああ」

和春は頷いた。

「できないことまで自分でやろうとする必要はねえ。できる奴がいるなら、その力を借りればいい」

愛華が柔らかく微笑んだ。

「和春らしいですね」

「そうか?」

「ええ。自分で全部抱え込むより、選択肢を増やすことを考えるところが」

和春は小さく笑った。

「まあ、それが仕事だからな」

真綾が楽しそうに口を開く。

「でもさ、そのはるたって人、和春と話が合いそうじゃない?」

「……どうだろうな」

「だって、ハルカと研究の話ができて、リリアにまで興味を持たれるんでしょ? 絶対普通じゃないって」

「普通かどうかは、会ってみなきゃわからねえよ」

和春は肩をすくめた。

「ただ……」

「ただ?」

真綾が首を傾げる。

和春は少しだけ口元を上げた。

「一度、話してみたいとは思うな」

愛華が微笑んだ。

「やっぱり、興味が湧いたんですね」

「まあな」

和春はあっさり認めた。

「何より、リリアの能力をどうして知っていたのか。それが気になる」

瑠璃が静かに口を開いた。

「……本人が話したくないことなら、無理に聞くべきではないわね」

「ああ。その通りだ」

和春は頷いた。

「聞くことと、答えを強要することは違う」

瑠璃は小さく頷き、再び窓の外へ視線を向けた。

「……なら、いいわ」

◇

和春はソファからゆっくり立ち上がった。

「……さて」

愛華が顔を上げる。

「和春?」

「休日のコーヒータイムは、ここまでになりそうだな」

真綾が苦笑した。

「やっぱり、こうなるんだ」

「悪いな」

「別にいいよ。こういうのも含めて、和春との休日って感じだし」

真綾は楽しそうに笑った。

愛華もカップを置く。

「ハルカたちが心配しているんですから、放っておけませんね」

「……ええ」

瑠璃が小さくため息をついた。

「私は静かにしていたかったのだけれど……家族のことなら仕方ないわ」

和春は三人を見て、わずかに笑った。

「ありがとな」

そして、ハルカとのどかへ向き直る。

「まずはリリアのところだ。あいつが何を考えてるのか、確認してみよう」

ハルカが嬉しそうに頷いた。

「うん!」

のどかも静かに微笑む。

「ありがとうございます、ぱぱ」

和春は二人の頭を軽く撫でた。

「礼を言うのはまだ早いだろ。何も解決してねえんだからな」

「……うん」

「ただ、心配してるなら何もしないよりはいい」

和春はそう言って、少しだけ口元を上げた。

「それに、俺も気になってきた」

愛華が、すかさず口を開いた。

「和春。くれぐれも、リリアさんと一緒になって面白がらないでくださいね?」

「……俺をなんだと思ってる」

「興味を持つと、つい話を広げてしまう人です」

真綾が笑う。

「それは否定できないね」

瑠璃も静かに頷いた。

「……ええ。本当に」

「……お前ら、本当に容赦ねえな」

和春は苦笑した。

しかし、その表情はすぐに思案するものへ戻った。

別世界から来た青年。

高度な技術を理解する知識。

自律的に会話するホログラムAI。

そして、初対面のはずのリリアが持つ能力を、なぜか知っていた。

何より、その記憶を読み取ったリリアが、強い興味を示したという事実。

一つひとつの情報だけなら、説明できる可能性はいくつもある。

しかし、それらが重なったとき、単なる偶然として片づけてよいのか。

和春は、まだ答えを出していなかった。

「……はるた、か」

小さく呟く。

その名前に、特別な心当たりはない。

だが、なぜか会って話してみたいと思った。

何を知っているのか。

なぜ、それを知っているのか。

そして、何を隠しているのか。

和春は、窓の外へ視線を向けた。

「……さて、リリアが素直に教えてくれるかどうかだな」

真綾が笑う。

「たぶん、無理じゃない?」

「……だろうな」

和春も苦笑した。

愛華が柔らかく微笑む。

「では、少し工夫が必要ですね」

「そうだな」

和春は静かに頷いた。

わからないことがある。

だから、確かめる。

ただし、最初から答えを決めつけることはしない。

それが、神代和春という男の考え方だった。

そして、彼はまだ知らない。

今、ルミナスの玉座の間では、その見知らぬ青年が吸血鬼の真祖に振り回され、上空から落とされるという理不尽な体験をした直後だということを。

「……リリア、か」

和春は小さく笑った。

「あいつ、また何かやらかしてるんじゃねえだろうな」

その予感だけは、見事に当たっていた。