Boundary & Mind-心の境界線-創造主-


「……で、これからどうする?」

はるたは玉座を見上げながら、リリアへ問いかけた。

自分が創造した世界への転移。その原因を突き止め、元の世界へ帰る方法を探す。ルミナスの協力を得られることになったのは大きな前進だったが、具体的な調査はこれからだった。

リリアは玉座の肘掛けに頬杖をつき、少し考えるように金色の瞳を細めた。

「ふむ。まずは境界に生じた異常を調べる必要があるのう」

「だよな。こっちでもハルカたちが調べてくれてるはずだし、情報を合わせれば何かわかるかもしれない」

「うむ。ルミナスにも観測記録がある。照合してみる価値はあろう」

隣に浮かぶレインも頷いた。

「はるたが実験していた装置と、こちらで発生した次元干渉の関連性も調べたいですね。まずは観測できた情報から整理しましょう」

「ああ。原因がわからないまま、無闇に実験を繰り返すわけにはいかないからな」

はるたが答えた、そのときだった。

玉座の間に、重厚な扉が開く音が響いた。

「おい、リリア?」

低い男の声。

はるたが振り返ると、入口から一人の青年が姿を現した。

整った顔立ちに、鋭い水色の瞳。黒を基調とした装いに身を包み、腰には一本の武器を携えている。

男は玉座へ向かって歩きかけたが、見慣れない二人の姿に気づくと足を止めた。

「……誰だ、そいつら」

水色の瞳が、はるたとレインを捉える。

敵意をむき出しにしているわけではない。しかし、その視線には明確な警戒があった。二人の立ち位置や様子を素早く確かめ、何者なのかを見極めようとしている。

はるたは、その姿を見た瞬間に相手が誰なのか理解していた。

(……望)

夢希望。ルミナスのSS級諜報員にして、現場を統括する責任者。そして、リリアの眷属となった男。

はるたは、心の中で小さく息を呑んだ。

(……まずいな)

望がどのような人物なのかは知っている。

正義感が強く、規律を重んじ、冷静な判断力を持つ。弱者を守るために行動する一方、必要と判断すれば敵を殺すことにも躊躇しない。

そして、彼には決して忘れることのできない過去があった。

(……よりによって、このタイミングか)

はるたは思わずリリアへ視線を向けた。

しかし、玉座の少女は相変わらず楽しそうに笑っている。

◇

「リリア。説明しろ」

望は玉座の前で立ち止まった。

「ここに部外者を連れてくるなら、事前に連絡くらいしろ」

その声には、呆れと苛立ちが混じっていた。

リリアは小さく首を傾げる。

「なんじゃ。帰ってくるのが早かったのう」

「話を逸らすな」

「ふふっ。相変わらず堅い男じゃ」

「お前が自由すぎるんだよ」

はるたは二人のやり取りを黙って見ていた。

リリアに対して遠慮なく意見を言える人物は多くない。だが、望は違う。相手が吸血鬼の真祖であろうと、間違っていると思えば率直に指摘する。

そしてリリアも、望に対しては気兼ねなく振る舞う。

二人にとっては、ごく自然な会話なのだろう。

「……で?」

望が改めてはるたを見た。

「そいつらは何者なんだ?」

リリアは頬杖をついたまま、口元に笑みを浮かべた。

「ふむ。望、落ち着け。我の客じゃ」

「客?」

「うむ」

「……お前の客なら、なおさら説明が必要だろ」

リリアは少しだけ考える仕草を見せた。

そして、何でもないことのように口を開く。

「ふむ。簡単に言えば、その男、はるたは創造主」

「…………」

望の眉が、わずかに動いた。

リリアは続ける。

「まぁ、この世界の神じゃな」

「……神?」

望が低い声で繰り返した。

リリアは隣のレインへ視線を移す。

「そして、そちらのレインは従者みたいなものじゃ」

「……従者ではありませんが」

レインが小さく訂正した。

しかし、望はすでに彼女の言葉を聞いていなかった。

水色の瞳が、ゆっくりとはるたへ向けられる。

「……創造主?」

低い声だった。

「……この世界を作ったのか?」

その問いに、はるたの背筋が冷たくなった。

(……おい、リリア)

リリアは相変わらず平然としている。

(……一番まずい言い方をしやがった!)

はるたは望の過去を知っている。

幼い頃、厄災の悪魔ソウルイーターによって両親を奪われ、さらに妹まで喰われたこと。

リリアが間一髪で悪魔を撃破したため、家族の魂は輪廻へ戻ることができた。しかし、失われた命が戻ったわけではない。

その出来事が、望の人生を大きく変えた。

彼は、理不尽な悲劇を生み出す世界を憎んでいる。

そして、そんな世界を作った神を許していない。

はるたは、そのすべてを知っていた。

自分自身が、望の過去を創り上げたのだから。

だが、その事実を今ここで口にするわけにはいかなかった。

望の表情が、少しずつ変わっていく。

「……そうか」

その声には、先ほどまでの落ち着きがなかった。

「……お前が」

水色の瞳が鋭く細められる。

「お前が……!」

◇

はるたは反射的にリリアを見上げた。

「リリア!!」

声が玉座の間に響く。

「お前、一番最悪な返答だぞ!!」

リリアはきょとんとした表情を浮かべた。

「……なんじゃ?」

「なんじゃじゃねえよ!」

はるたは思わず叫んだ。

「こいつが何を考えるか、わかってるだろ!」

リリアは望へ視線を向けた。

その金色の瞳が、わずかに細められる。

「……ふむ」

しかし、慌てる様子はなかった。

はるたは奥歯を噛みしめた。

(……こっちは笑い事じゃねえんだよ!)

望が腰に携えている武器は、ノスク。

使用者の意思に応じて形状を変える特殊武器であり、刀と銃を使い分けることができる。

だが、ノスクそのものが望に超人的な力を与えているわけではない。

望はリリアとの契約によって、すでに人間を超えた身体能力を獲得している。その力に、戦闘経験とノスクの性能が組み合わさることで、極めて高い戦闘能力を発揮するのだ。

対するはるたは、ただの人間だった。

(……あいつが本気で斬りに来たら、避けられるわけがねえ)

はるたは慎重に望の動きを観察した。

右手は、すでにノスクの柄へ伸びている。

その立ち姿に無駄な動きはない。

望は怒りに任せて暴れているわけではなかった。

ただ、静かに、確実に相手を斬るための準備をしていた。

その様子が、はるたには何より恐ろしかった。

「……望」

はるたが口を開く。

「ちょっと待て。まず話を――」

「……お前が」

望の声が重なる。

その水色の瞳には、明確な怒りが宿っていた。

「お前が作ったのか……!」

はるたは言葉を失った。

否定することはできない。

自分がこの世界を創造したのは事実だ。

そして、望の人生に刻まれた悲劇も、自分が考えたものだった。

「……ああ」

はるたは小さく答えた。

「俺が創った」

その瞬間、望の表情が険しくなった。

「……そうか」

低く呟く。

そして、右手が動いた。

◇

シャキンッ!

鋭い金属音が、玉座の間に響いた。

ノスクが抜き放たれる。

銀色の刀身が燭台の光を反射し、冷たい輝きを放った。

望はその切っ先を、はるたへ向けた。

「……っ!」

はるたの身体が強張る。

頭では理解している。

望がどれほど強いのか。

ノスクがどのような武器なのか。

そして、なぜ自分へ刃を向けているのか。

しかし、理解しているからといって恐怖が消えるわけではなかった。

(……マジかよ)

指先に冷たい汗が滲む。

普段の望なら、初対面の相手にここまで感情を露わにすることはない。

相手の言動を観察し、状況を分析し、必要な情報を集めたうえで判断を下す。

だが、今は違った。

長い年月をかけて胸の奥へ押し込めてきた憎しみが、目の前の存在によって呼び起こされている。

はるたは、それを理解していた。

(……そりゃ、怒るよな)

家族を奪われた苦しみ。

救うことのできなかった命。

自分の無力さ。

そして、そんな理不尽が存在する世界への怒り。

そのすべてを知っているからこそ、はるたには望の感情が理解できた。

しかし、だからといって斬られるわけにはいかない。

「……望、聞いてくれ」

はるたは慎重に声をかけた。

「俺は――」

「黙れ」

短い言葉だった。

その声に、はるたは口を閉じた。

望はノスクを握り直す。

水色の瞳が、はるたを真っ直ぐに捉えていた。

「……お前が」

その声が、わずかに震える。

「お前が……!」

次の瞬間。

望の身体が動いた。

◇

速い。

そう認識したときには、すでに間合いを詰められていた。

黒いコートが翻り、ノスクの刀身が鋭い軌跡を描く。

「……っ!?」

はるたの身体は、反応できなかった。

目の前で起きていることは理解できる。

望が踏み込み、刀を振り抜こうとしている。

だが、その動作に対応できるほど、はるたの身体能力は高くない。

(……やばっ!)

後ろへ下がろうとする。

しかし、足が動き出すより早く、銀色の刃が目前へ迫っていた。

「はるた!!」

レインの声が響く。

その表情から、いつもの落ち着きが消えていた。

「はるた! 危ない!!」

鋭い叫び声が玉座の間に響き渡る。

はるたは反射的に身を引こうとした。

だが、間に合わない。

望のノスクが、はるたへ向かって振り下ろされる。

その刹那、はるたは思った。

(……わかってるよ)

望が怒る理由も。

神を憎む理由も。

その人生を変えた悲劇も。

すべて、自分が創り上げたものだった。

だからこそ、彼の怒りを否定することはできない。

しかし。

(……だからって、ここで死ぬわけにはいかねえだろ!!)

銀色の刃が、目前まで迫る。

そして、レインの叫び声が、もう一度響いた。

「はるた!!」

世界を創造した青年。

そして、その世界の神を憎む男。

二人の運命が、今、刃を交えようとしていた。