「レインよ。主の主人は面白いのう」
リリアは玉座の肘掛けに頬杖をつき、愉快そうに笑った。
はるたを叱るレインと、その説教を苦笑しながら受け止めるはるた。二人のやり取りがよほど気に入ったのか、金色の瞳には楽しげな光が宿っていた。
「我は退屈を嫌う。じゃが、今回の件、我も協力しよう。面白そうじゃ」
突然の申し出に、はるたは顔を上げた。
「……協力してくれるのか?」
「うむ。主がどこから来て、どのようにこの世界へ入り込んだのか。我も興味があるからのう」
リリアは当然のことのように答えた。
多種族監視機関《ルミナス》は、現世と異界の境界を監視し、世界の均衡を維持するための組織だ。通常の境界移動とは異なる現象が発生した以上、その原因を調べることは組織の役割とも一致している。
しかし、リリアが協力を申し出た理由は、それだけではなかった。
何より、面白そうなのだ。
自分たちの世界を創造した青年が、その世界に迷い込み、帰る方法もわからなくなっている。長い年月を生きてきた彼女にとって、これほど興味を引く出来事は滅多にない。
「……そりゃ助かるけどさ」
はるたは少しだけ考え込んだ。
リリアの能力も性格も知っている。世界の均衡を守るためなら非情な判断さえ下せる一方、自分の興味に忠実で、周囲を振り回すことも珍しくない。
協力してもらえるのはありがたい。だが、その気まぐれに付き合わされる未来も容易に想像できた。
(……まあ、今さら断れる雰囲気でもないか)
はるたは小さく息を吐いた。
その隣で、レインが静かに口を開く。
「リリアさん。これは異常事態です」
青い瞳が、玉座に座る少女を真っ直ぐに捉えた。
「本来あり得ない次元への介入……それが実際に起きています。私たちは、何が原因でこの現象が発生したのかさえ、まだ特定できていません」
リリアは頬杖をついたまま、黙って耳を傾けていた。
「はるたが元の世界へ帰る方法を探すことも重要ですが、それだけではありません。同じ現象が再び発生する可能性もありますし、この世界へどのような影響を及ぼすのかも不明です」
「ふむ」
リリアは小さく頷いた。
「言いたいことはわかるぞ、レイン」
それまで楽しげだった声が、少しだけ落ち着いたものへ変わる。
リリアは頬杖を外し、玉座の背もたれに身体を預けた。
「じゃがな、レイン。我はこの世界の管理者じゃ」
金色の瞳が、静かに細められる。
「主の主人が、この世界を創造した。それは理解しておる。じゃが、だからといって、我が果たすべき役目が変わるわけではない」
レインは黙って続きを待った。
「世界の均衡を守る。それが我に与えられた使命じゃ。主が創造主であろうと、その存在が世界へ害を及ぼすのであれば、我は見過ごさぬ」
はるたは、玉座のリリアを見上げた。
先ほどまで自分をからかっていた少女と同じ人物とは思えないほど、その声には威厳があった。
しかし、驚きはしなかった。
リリアは、もともとそういう存在だ。
自由奔放で、わがままで、面白いことが大好き。それでも、守るべきものを前にしたときは、王としての責任を優先できる。
「……つまり、俺がこの世界に悪影響を与えるようなら、容赦しないってことだな」
「当然じゃ」
リリアは迷わず答えた。
はるたは苦笑した。
「……だろうな」
「じゃが、今のところ主を排除する理由はない。むしろ、調べるべきことが山ほどある」
リリアは再び口元に笑みを浮かべた。
「それに、せっかく面白いものを見つけたのじゃ。そう簡単に手放すつもりもないからのう」
「……俺は珍獣か何かか?」
「ふふっ。それに近いかもしれぬな」
「おい!」
リリアは声を上げて笑った。
◇
「それと、もう一つ」
リリアが不意に口を開いた。
「先ほどの世界線の話じゃが、消える可能性も無きにしも非ずじゃな」
その言葉に、はるたの表情が変わった。
「……消える?」
「うむ。主がこの世界へ現れたこと自体が、新たな分岐を生み出した可能性があると話したじゃろう?」
「ああ」
「ならば、その分岐が今後も存在し続ける保証はあるのか?」
はるたは腕を組んだ。
リリアが提示したのは、まだ仮説にすぎない。
はるたがこの世界へ来たことで、新たな世界線が生まれたのか。それとも、既存の世界線に外部から干渉しただけなのか。
その違いさえ、現時点では確認できていなかった。
まして、世界線そのものがどのような仕組みで維持されているのかもわからない。
「……なるほどな」
はるたは小さく呟いた。
「新しい分岐が生まれたとしても、それが安定して存在し続けるとは限らないってことか」
「そうじゃ」
リリアは頷いた。
「もっとも、消えると決まったわけではない。可能性の一つにすぎぬがのう」
その言葉を受け、レインが口を開いた。
「現段階では、世界線の構造を直接観測できていません。消失の可能性も、安定して存続する可能性も、どちらも否定できないということですね」
「うむ。だからこそ、調べる必要がある」
リリアの返答は明快だった。
「何も起こらぬのであれば、それでよい。じゃが、何かが起きてからでは遅い場合もある」
世界の均衡を守る者として、未知の現象を放置するわけにはいかない。
それは、彼女の個人的な興味とは別の問題だった。
はるたはしばらく考え込み、やがて顔を上げた。
「……だったら、目的は一致してるな」
「ほう?」
「俺は元の世界に帰る方法を探してる。お前はこの世界への影響を調べたい。どちらにしても、次元を越えた原因を突き止める必要がある」
リリアは満足そうに頷いた。
「その通りじゃ」
「なら、協力してもらえると助かる。俺一人じゃ調べられることにも限界があるからな」
「ふむ。よかろう」
リリアは楽しそうに微笑んだ。
「ルミナスの力が必要なら、我が認める範囲で貸してやろう」
「……ありがとな」
はるたは素直に礼を言った。
世界の境界を監視するルミナスが協力してくれるなら、帰還方法を探る上で大きな前進になる。
もちろん、すぐに答えが見つかる保証はない。
しかし、調べられる範囲が広がることは確かだった。
その横で、レインが小さくため息をついた。
「……ただ」
はるたとリリアの視線が向く。
レインは、困ったような表情を浮かべていた。
「リリアさんの性格は把握しています……」
「ほう?」
リリアが興味深そうに目を細める。
レインは続けた。
「絶対、楽しみたいだけですよね!」
玉座の少女は一瞬きょとんとした。
そして、満面の笑みを浮かべた。
「当たり前じゃろ?」
金色の瞳が、楽しそうに輝く。
「退屈は嫌いじゃ!」
玉座の間に、リリアの高らかな笑い声が響き渡った。
はるたは深いため息をつき、片手を腰に当てながら玉座を見上げた。
「……ただ暇なだけだろうが」
「ふははは! 否定はせぬぞ!」
「否定しろよ……」
レインも額に手を当てていた。
「……やっぱり」
そんな二人の反応が、リリアにはたまらなく面白かった。
玉座の肘掛けに身体を預け、声を上げて笑い続ける。
「ふははは! よいではないか! 世界の均衡も守れて、我も退屈せずに済む。何の問題がある?」
「いや、問題があるかどうかは、これから次第だろ……」
はるたが呆れたように返すと、リリアはますます楽しそうに笑った。
「ふふっ。主は細かいのう」
「お前が大雑把すぎるんだよ!」
「我は面白いことが好きなだけじゃ」
「知ってるよ!」
その即答に、レインまで小さく笑ってしまった。
リリアは二人を眺めながら、満足そうに微笑んだ。
世界の均衡を守ること。
創造主がこの世界へ現れた原因を調べること。
そして、目の前の青年がこれから何をするのか見届けること。
どれも、リリアにとって興味深い問題だった。
ただし、彼女が最も楽しみにしているのは、調査そのものではないのかもしれない。
「……さて、はるたよ」
リリアが声をかけた。
「なんだ?」
「これから忙しくなりそうじゃのう」
はるたは小さく息を吐いた。
「……そうだな」
「ふふっ。楽しみじゃ!」
「俺は帰る方法を探したいだけなんだけどな……」
「それも含めて楽しめばよいではないか!」
「簡単に言ってくれるよ……」
はるたは苦笑した。
その隣で、レインが静かに口を開く。
「はるた。協力していただけること自体は、大きな前進ですよ」
「ああ。わかってる」
はるたは頷いた。
「ただ、問題は協力者の性格なんだよな……」
「……それについては、私も同感です」
二人は顔を見合わせ、小さくため息をついた。
その様子を見たリリアが、再び笑い声を上げる。
「ふははは! 面白いのう!」
世界の境界を越えてきた創造主と、その相棒。そして、退屈を何より嫌う吸血鬼の真祖。
三人の思惑は必ずしも一致していない。
それでも、未知の次元干渉を解明するという目的のもと、協力関係が生まれようとしていた。
はるたは、玉座で楽しそうに笑うリリアを見上げる。
(……まったく、とんでもない奴を創ったもんだ)
だが、その表情には、わずかな笑みが浮かんでいた。
自分が創り上げた人物が、こうして自分の意思で考え、行動し、新しい可能性を提示してくれる。
それは、創造主であるはるたにとっても、興味深い出来事だった。
リリアは満足そうに目を細めた。
「ふふっ。退屈せずに済みそうじゃのう」
その言葉に、はるたは苦笑しながら答えた。
「……俺は少しくらい退屈したいけどな」
「ふははは! それは無理な相談じゃ!」
玉座の間に、再び笑い声が響き渡った。
こうして、創造主と吸血鬼の真祖の奇妙な協力関係が始まった。


