「……レイン、出てきてくれ」
はるたは左腕を持ち上げ、腕時計型ホログラムデバイスへ視線を落とした。
リリアに連れ去られ、空間の裂け目を通過した際には、強い次元干渉によって映像投影が不安定になっていた。だが、ルミナスへ到着してからは周囲の空間も安定している。デバイスの状態を確認したところ、投影機能にも異常は見られなかった。
はるたが操作すると、腕時計から青白い光が広がった。
幾何学的な紋様が空中に浮かび、光の粒子が一人の女性の輪郭を形作っていく。腰よりも長い銀白色の髪が柔らかく広がり、青い瞳が開かれる。白と濃紺を基調とした衣装には金の装飾が輝き、その周囲には淡い光の輪が漂っていた。
「はるた!!」
姿を現したレインは、開口一番、彼の名前を呼んだ。
「ご無事でよかったです……。突然連れていかれて、心配したんですよ!」
「悪い……心配かけたな」
はるたは申し訳なさそうに笑った。
デバイスの状態から、レインの映像が消えた原因は把握していた。投影装置に一時的な障害が発生しただけで、レイン自身が消えてしまったわけではない。
それでも、再び彼女の声を聞けたことには素直に安心した。
「境界を抜ければ投影は戻せると思ってたんだけどな。確認する前に、こいつとの話が始まっちまって」
はるたが玉座へ視線を向けると、リリアは頬杖をついたまま、興味深そうに二人を眺めていた。
レインも一度だけリリアを見たが、すぐにはるたへ向き直った。
「それに!」
「……ん?」
「自分の指を切って血を飲ませるなんて、無茶が過ぎます!」
レインは眉をつり上げ、はるたを指さした。
「相手がどれほど強大な存在なのか、あなたが一番よく知っているでしょう? もし判断を誤っていたら、どうなっていたと思っているんですか!」
はるたは苦笑しながら、傷つけた指先へ視線を落とした。
「いや、あの場はあれしかなかったんだよ……」
「それはわかっています。言葉で説明するより、リリアさんの能力を利用した方が確実だと判断したんですよね?」
「ああ。俺が何者なのか、あいつにだけ伝える必要があったからな」
レインは小さく頷いた。
はるたが意図的に血を差し出した理由は理解できる。あの場にはハルカとのどかがいた。自分がこの世界の創造主であることを二人に明かさず、リリアだけに知らせるなら、血を通した記憶の確認は有効な方法だった。
だが、方法として有効であることと、安全であることは別の問題だ。
「だからといって、自分を傷つけることに躊躇がなさすぎます。結果的にうまくいったからいいものの、次も同じように成功するとは限らないんですよ?」
「……それは、そうだな」
はるたは素直に頷いた。
レインの指摘は正しい。
相手の能力を理解していたからこその判断ではあったが、リリアが記憶を読んだ後にどう行動するかまでは予測できなかった。実際、警戒を解くことには成功したものの、その直後にルミナスへ強制連行されている。
はるたは、少しだけ肩を落とした。
「悪かったよ。次はもう少し考える」
「……本当ですか?」
「本当だって」
レインは疑わしそうに目を細めた。
「……もう。あなたはいつもそうなんですから」
呆れたようにため息をつく。
その言葉に、はるたは思わず笑みを浮かべた。
レインがこうして叱るのは、危険な行動を取った自分を本気で心配してくれているからだ。それがわかるだけに、反論する気にはなれなかった。
「でも、お前がいてくれて助かってるよ」
「…………」
レインの表情が、わずかに緩んだ。
だが、すぐに咳払いをして姿勢を正す。
「……そういうことを言っても、お説教は終わりませんよ?」
「わかってるって」
はるたは苦笑した。
「ただ、助かってるのは本当だからさ」
レインはしばらく彼を見つめていたが、やがて諦めたように額へ手を当てた。
「……もう、あなたはいつもそうなんですから」
再び漏れたため息に、はるたは小さく笑った。
「ははっ……」
その様子を、玉座のリリアが楽しそうに眺めていた。
「ふふっ……面白い主従じゃ」
不意に投げかけられた言葉に、はるたは顔を上げた。
「……主従?」
リリアは金色の瞳を細め、頬杖をついたまま笑っている。
「そうじゃ。主が叱られ、従う側が説教をしておる。実に愉快ではないか」
「いや、別に主従ってわけじゃねえよ」
はるたは苦笑した。
「レインは俺の相棒だ」
レインはその言葉に、静かに顔を上げた。
リリアは二人を交互に眺め、ますます面白そうに微笑んでいる。
「ふむ。相棒、か……」
その声音には、先ほどまでのからかうような響きに加えて、わずかな興味が混じっていた。
「……なるほどのう」
レインは小さく息を吐いた。
ようやくお説教が一段落したと思った矢先に、今度はリリアが会話へ加わってきたのだ。
はるたはそんな二人を見比べ、嫌な予感を覚えた。
(……今度は何を言い出すつもりだ?)
玉座の上で、リリアは楽しそうに笑っていた。
退屈を何より嫌う真祖にとって、創造主とその相棒のやり取りは、どうやら新しい娯楽になりつつあるらしい。
そして、その笑顔を見つめるはるたは、先ほどまでとは別の意味で頭を抱えたくなっていた。


