研究室の中央に、いくつものホログラム画面が浮かんでいた。
青白い光で構成された解析ウィンドウには、波形、座標データ、エネルギー変動の記録が次々と表示されている。
その前に立つのは、レインとヘッジだった。
銀白色の髪を揺らしたレインは、空中に展開された波形を指先でなぞりながら静かに言う。
「ただ、次元が裂けた原因は、双方の次元干渉によるものだと思われます」
「ただし、接続条件はまだ不明です」
すぐ隣で、ヘッジも補足する。
ふわふわと浮かぶ小さな身体の周囲には、いくつものデータウィンドウが回転していた。
「両装置の異常波形には類似性があります」
その説明を聞きながら、はるたは椅子に座ったまま、頬杖をついて考え込んでいた。
「……つまり」
視線を上げる。
「俺の次元収納デバイスと、こっちの世界の次元収納デバイスが干渉した……ってことか」
「現時点では、その可能性が最も高いです」
レインが答える。
のどかは、少し不安そうにホログラム画面を見つめていた。
一方で、ハルカの目はすでに別の意味で輝き始めている。
「ねぇねぇ!」
嫌な予感がした。
はるたが顔を上げると、案の定、ハルカはもう一歩こちらへ身を乗り出してきていた。
「はるたの次元収納装置って、どんな構造!?」
「いや、まだ未完成だけど……」
「それが知りたいの!」
食い気味だった。
ハルカの腕時計型ホログラムデバイスが青く光り、その場に大型の設計図が展開される。
立体的な装置の構造図だった。
円筒状の中核部、周囲を囲む制御ユニット、空間固定用のリング構造、そして複数の安全制御層。
「私のは三十キロまで収納できるよ!」
ハルカが得意げに胸を張る。
「今は百キロに拡張中!」
「……完成してんの!?」
はるたは思わず声を上げた。
「技術力おかしいだろ!!」
「えへへ、そう?」
「そう? じゃねぇよ……」
はるたは思わず額を押さえた。
自分の次元収納デバイスは、まだ試作段階だった。理論的な成立は見えていても、安定性にも制御にも課題が残っている。
だが、ハルカのものはすでに実用ラインに片足を突っ込んでいる。
それも三十キロ収納可能で、なおかつ百キロへの拡張を進めているという。
「いや、ちょっと待て……」
はるたは立ち上がり、展開された設計図を見つめた。
「この固定機構……」
「でしょ?」
ハルカがすぐ横に並ぶ。
彼女は別の画面を開き、はるたの設計思想を推測するように指を動かした。
すると、隣にもう一つの設計図が現れた。
「ハルカの設計図」
「はるたの設計図」
そう表示された二つのホログラムが、並んで浮かぶ。
ハルカは片方を指さし、すぐにもう片方を指さした。
「あれ? ここの発想、私と似てる!」
「――っ」
はるたの心臓が、ほんのわずかに跳ねた。
(しまった……!)
似ていて当然だ。
ハルカは、自分が創った人物なのだから。
思考の癖も、問題への向き合い方も、自分が積み上げた設定の延長線上にある。
だから、発明の方向性が重なること自体は不思議ではない。
だが、そんなことは今ここで言えるはずもない。
「え? なんで?」
ハルカが不思議そうに首を傾げる。
はるたは一拍おいてから、わざと軽く肩をすくめた。
「いや! 同じ目的なら、似た発想になることもあるだろ?」
「なるほど!」
ハルカの目がぱっと輝く。
「確かに!」
どうやら納得してくれたらしい。
はるたは内心でほっと息を吐いた。
(危ねぇ……)
けれど、その言い訳はまったくの嘘でもなかった。
目的が同じなら、技術者の発想が近づくことはある。
必要とされる要素は似てくるし、現実的な制約を考えれば、辿り着く構造も収束しやすい。
ただ、それにしても近すぎるのは事実だった。
「……なんだか、ねぇねと似ていますね」
後ろから、のどかがぽつりと呟く。
マグカップを両手で持ったまま、少し呆れたように、けれどどこか微笑ましそうに二人を見ていた。
「興味の対象に対する集中傾向は共通しています」
ヘッジが冷静に分析する。
「二人揃うと大変そうです……」
のどかが続ける。
その評価に、はるたは反論できなかった。
さっきまで帰る方法の解析を優先しようとしていたはずなのに、気づけば装置の構造比較にのめり込み始めている。
しかも、ハルカの食いつき方があまりにも自然で、ついこちらまで乗せられてしまっていた。
「じゃあ、一緒に改良しようよ!」
ハルカが勢いよく言った。
指先で装置の中核部分を拡大表示しながら、次々と案を口にしていく。
「ここの安定化制御、もっと効率よくできると思うんだよね! あと、収納先の空間固定を多層化すれば、干渉のブレも抑えられるかも!」
「おっ、それ面白そうだな!」
はるたも身を乗り出した。
「だったら逆に、取り出し時の座標補正を外側じゃなくて内部基準でやれば――」
「……ちょっと待ってください」
レインの声が、すっと割って入った。
その声には、普段より少しだけ強い響きがある。
のどかもじとっとした視線を向けていた。
「……嫌な予感がします」
「え?」
ハルカがきょとんとする。
「ねぇね。前の爆発を忘れたんですか?」
のどかは、はっきりと言った。
「まだ何もしてねぇよ!」
はるたも思わず反応する。
確かに今のところは、まだ口頭で案を出し合っていただけだ。実際に配線をいじったわけでも、電力を入れたわけでもない。
だが、その「まだ」が危ない。
二人とも、そのまま勢いで作業に突っ込みかねないことを、レインとのどかは察していた。
「二人とも! まず安全確認です!」
レインが、すっと前へ出る。
淡い青の光をまとった手をこちらへ差し出し、ぴしゃりと言い切った。
「ねぇね、前の爆発を忘れたんですか?」
のどかも、今度ははっきりとハルカへ向けて言った。
「二人の監督が必要と判断します」
ヘッジが楽しそうに、しかし内容としては完全に同意する形で付け加えた。
「え〜!?」
ハルカが不満そうな声を漏らす。
「まだ何もしてないのに!」
「だからこそです」
レインは一歩も引かなかった。
「これからするつもりだったでしょう?」
「……うっ」
図星だったらしい。
ハルカが言葉に詰まる。
はるたも思わず視線を逸らした。
「……いや、まぁ……ちょっとは」
「はるたもです」
「はい……」
即答で封じられた。
その様子を見て、のどかは小さくため息をついた。
「やっぱり、二人揃うと危ないですね」
「共同解析は、すでに波乱の予感です」
ヘッジが、どこか楽しそうにそう結論づける。
研究室には一瞬の静寂が落ちたあと、ハルカの「そんなぁ!」とはるたの「まだ構想段階だって!」という声が重なった。
けれど、その空気はどこか明るかった。
別世界から来たはるたと、この世界で発明を続けるハルカ。
二人の発想は驚くほどよく似ていた。
だからこそ、ぶつかれば危ない。
だが同時に、かみ合えば強い。
その可能性を、誰もがうっすら感じていた。
もっとも――。
「とにかく、作業再開前に安全確認を終わらせます」
レインが宣言し、
「ねぇね。今度は本当に順番を守ってくださいね」
のどかが釘を刺し、
「監督体制を強化します」
ヘッジが補足したことで、
その場の主導権が完全にレインとのどか側へ渡ったのは、言うまでもなかった。
はるたは苦笑しながら頭をかいた。
ハルカも、少しだけしょんぼりした顔で頬を膨らませている。
けれど次の瞬間には、二人とも再び設計図へ視線を向けていた。
その目の輝きは、もう隠しようがない。
発明家同士。
それも、似た方向を見てきた二人だ。
火がつかないはずがなかった。
そして神代家の研究室は、この日からさらに賑やかになっていくことになる。


