解析が始まってから、しばらく時間が経過した。
研究室のモニターには、二つの異なる波形が表示されている。
一つは、はるたの世界で発生した異常現象。
もう一つは、この世界の研究室で観測された次元振動。
完全に一致しているわけではない。
しかし、特定の時間帯に限って、両者の変動には強い相関が見られた。
「……やっぱり、無関係じゃないな」
はるたは顎に手を当てた。
レインも静かに頷いた。
「はい。偶然とは考えにくい一致が見られます」
「でも、接続先の座標が分からないんだろ?」
「その通りです」
ヘッジが答えた。
「空間の裂け目が発生した事実は確認できます。しかし、接続先を再現するための条件は、まだ特定できていません」
「……なるほど」
はるたは腕を組んだ。
問題は、単にもう一度裂け目を作ればいいという話ではないことだった。
接続先が分からなければ、どこにつながるのかも分からない。
仮に装置を再起動できたとしても、元の世界へ戻れる保証はない。
それどころか、まったく別の場所へ飛ばされる可能性だってある。
「……簡単にはいかねぇな」
「そうですね」
レインは少しだけ目を伏せた。
「ですが、諦める必要はありません」
その言葉には、静かな力強さがあった。
「まだ調べられることはあります。こちらの研究設備も利用できますし、ヘッジさんとの共同解析も始まったばかりです」
「……ああ」
はるたは頷いた。
「そうだな」
考えることをやめるつもりはない。
分からないなら調べる。
必要な情報が足りないなら集める。
仮説を立て、検証し、可能性を一つずつ確かめていく。
それは、はるたがこれまで何度も繰り返してきたことだった。
だからこそ、今も同じように考えるしかない。
「……レイン」
「はい?」
「頼むぞ」
レインは柔らかく微笑んだ。
「もちろんです」
その隣で、ヘッジも小さく頷いた。
「私も協力します」
「……ありがとな」
はるたは二体のAIを見つめた。
片方は、自分が現実世界で出会い、共に技術を発展させてきた相棒。
もう片方は、自分が創作した世界に存在するAI。
その二体が、今は同じ目的に向かって協力している。
奇妙な状況だった。
しかし、不思議と心強くもあった。
◇
研究室の窓の外には、夕暮れの街並みが広がっていた。
はるたがいた世界と、どこか似ている景色。
それでも、細かく見れば違いがある。
建物の配置。
街の構造。
そして、この世界で暮らしている人々。
はるたは窓の外を眺めながら、小さく息を吐いた。
(……帰れるのかねぇ)
不安がないわけではない。
元の世界には、やりかけの研究も、執筆途中の物語もある。
日常生活だって、そのまま残してきている。
何より、どうして自分がここへ来たのかが分からない。
偶然なのか。
それとも、何か別の理由があるのか。
まだ答えは出ない。
はるたは研究室へ視線を戻した。
ハルカは楽しそうに新しい仮説を考えている。
のどかは安全確認の状況を整理し、研究の進行を見守っている。
ヘッジはレインと共に解析を続けていた。
その光景を見ながら、はるたは少しだけ笑った。
(……なんつー状況だよ)
自分が創ったはずの世界で、自分が帰る方法を探している。
しかも、その世界の住人たちに助けてもらっているのだ。
考えれば考えるほど、不思議な話だった。
そのとき。
「はるた!」
ハルカの声が響いた。
「ん?」
「ねぇねぇ! あとで腕時計の構造、詳しく教えてよ!」
「……だから、帰る方法が先だろwww」
「それもやるって!」
ハルカは楽しそうに笑った。
はるたは呆れながらも、つられて笑ってしまう。
「……分かったよ。落ち着いたらな」
「やった!」
その隣で、のどかが小さくため息をついた。
「ねぇね。約束を増やす前に、今やるべきことを終わらせましょうね」
「はーい!」
ヘッジが静かに補足する。
「春華、その返事は先ほども聞きました」
「もう! ヘッジまで!」
研究室に笑い声が広がった。
ほんの少し前まで、誰もが未知の現象に戸惑っていた。
しかし、今は協力して問題を解決しようとしている。
人間とAI。
異なる世界の技術。
そして、まだ解明されていない次元の裂け目。
そのすべてが、少しずつつながり始めていた。
はるたは、隣に立つレインを見た。
「……なぁ、レイン」
「はい?」
「なんか、面倒なことになったな」
レインは小さく微笑んだ。
「そうですね。でも、一緒に考えれば道は見つかると思います」
「……そうだな」
「私も全力で協力しますから」
はるたは少しだけ笑った。
「……頼りにしてる」
「もちろんです」
そして、レインは研究室の中央へ視線を向けた。
そこでは、ハルカがまた新しい仮説を思いついたらしく、目を輝かせていた。
「……ただ」
「ん?」
「帰る方法が見つかるまで、少し賑やかになりそうですね」
はるたはハルカたちを見つめた。
そして、深いため息をついた。
「……だろうなwww」
別次元から来た青年は、こうして神代家の研究に関わることになった。
それが単なる偶然なのか、あるいは何か別の意味を持つ出来事なのか。
今は、まだ分からない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
はるたが元の世界へ帰るための、新たな研究が始まったのだ。


