「律ちゃーん!」
玄関のドアが勢いよく開いた。
「来た……」
明らかに怪訝な様子の亞紗斗。
「どうしたの? 亞紗斗さん」
「ここには来るなと言ったのに……」
「律ちゃーん! ばあばが来たでー」
「あー、あー」
「ほんま律ちゃんはええ子やなあ」
「……」
「お義母さん、こんにちは」
亞紗斗の母・理華子。旧姓は深海。弟は、キリトとミナトの父。
そして、出身地――大阪府。
「梨歩ちゃん、出産お疲れさまやったなあ。亞紗斗、あんた。ちゃんと父親しとるんか?」
「当たり前だ」
「ほんまか?」
「しつこい」
亞紗斗は逃げるように別室に移動する。
「何やあれ。ほんま愛想悪いな」
理華子は律を抱っこしながら言った。
「あの、お義母さん」
「ん?」
「亞紗斗さんって、小さい頃からあんな感じでした?」
梨歩はずっと気になっていることを理華子に聞いた。
「あー、あの無愛想は生まれつきやねん」
「え?」
「産声から無愛想や」
「そうだったんですか。ちなみに無愛想な産声って?」
「『あー』。以上や」
「あっはははは」
「おもろいか?」
「はい、おもろいです。めっちゃ」
「梨歩ちゃんくらい愛想よう育ってくれたらよかったんやけどなあ。律ちゃんはそんなことあらへんなあ」
「あー、あー」
律は理華子に抱かれながら、声を出す。
「そういえば、亞紗斗さんって……全然方言出ませんね」
「ああ、あれはええかっこしいやからな」
「え、じゃあ……全く?」
「そんなことはあらへん」
理華子はわざと声を大にして言う。
「小学生になるまでは、コッテコテの大阪弁やったわ」
「ええ!?」
梨歩のリアクションに気を良くした理華子は、さらに続ける。
「幼稚園から小学校に上がった時にな。同じクラスの子に『その顔で大阪弁って強烈』って言われたのが地味にショックやったみたいでな。そうや、あれ結構打たれ弱いねん。そんなん気にせんと大阪弁で反撃したれって言うてもな。『もう大阪嫌だ。二度と喋らん』って。喋っとるがなっての」
「あっははははは!!」
一方、亞紗斗は台所の隅で一人佇む。
「だから来るなと言ったのに……」
すっかり出るタイミングを逃し、言われ放題。
「最悪だ……」
知られたくなかった。
思えば、両家の顔合わせの時もそうだった。
自分のルーツといえば、日本とアメリカ。
ずっと、その程度にしか考えていなかった。
いや、正確には――完全に忘れていた。
この母が、大阪出身だということを。
そして、アメリカ人の父も。
今ではすっかり、大阪弁に馴染んでいる。
「……」
リビングの方では、梨歩の大笑いする声がする。
「……早よ、帰れや」
亞紗斗が小さく呟いた。
そして、梨歩と理華子は。
「そういや、亞紗斗には双子の姉がおってなあ」
「あ、聞きました」
「生まれてすぐに逝ってもうたんやけど……」
先程とは打って変わり、しんみりした空気になっていた。
「もし、今生きてたら……三十歳なんやなあ」
「お義母さん……」
「生きて、その成長した娘に会いたかった……」
理華子は俯く。
「ほんでな」
「はい」
「もし、娘が生きてたら――どんな姿になっとんねやと思ってな」
「?」
「今流行の、生成AIってやつに再現してもろてん」
「え?」
「ほんで、これがその……娘の亞里紗や」
「わあ!」
理華子はスマホの画面を梨歩に見せた。
「すっごい美人……」
「やろ? こんなべっぴん、絶対誰もほっとかんがな」
「間違いないです」
「ほんで、こっちが」
理華子がバッグから取り出したものは――。
「亞紗斗の赤ちゃんの頃から幼稚園までのアルバムや」
「え、見たい!」
「ええで。ほんまびっくりするかもやけどな」
梨歩がアルバムを開く。
「……これ」
「な」
「律、じゃないですよね?」
「亞紗斗や。残念ながら」
「……全く同じだ」
瓜二つ。その言葉に尽きた。
「そうそう。この写真が一番好きやねん」
そこに映っていたのは――銀色の髪、アイスグレーの大きな瞳の美少年。正装をして、ヴァイオリンを抱えて真っ直ぐ見据えている。
「律も、今より大きくなったら……こんな感じになるんですかね」
「律ちゃんの方がもっと愛想ええで。亞紗斗はこの頃から無愛想やから。でも、めっちゃくちゃモテたわ」
「でしょうね」
「寄ってくるんも早かったけど、あの無愛想や。離れていくのも早かったで」
「なるほど」
「おい」
亞紗斗が戻ってきた。
「何を見ている」
「あんたのアルバムや」
「見ればわかる」
「なら黙って見いや」
「見れるか」
亞紗斗はアルバムを閉じる。
「あ、まだ途中やのに。ねえ、梨歩ちゃん」
「え、うん」
「あー、あー」
「あらあ、律ちゃんも見たいんか? パパの小さい頃の写真やでー」
「見なくていい」
亞紗斗はビニール袋にアルバムを入れ、理華子に渡す。
「おい、もういいだろ」
「全然」
「いつまで居座る気だ」
「気の済むまでや」
「梨歩も気を遣うから、いい加減帰ってくれ」
「何なら今日泊まってもええか?」
「いいから帰れ言うとるやろ!」
「!!」
梨歩が固まる。
「亞紗斗」
「何や」
「あんたの大阪弁、久々に聞いたわ」
「……っ!」
「ぷっ……」
耐えきれず、梨歩が噴き出す。
「梨歩」
「あっははははははは!!」
「……笑うな」
「今の最高に面白いわ! ねえ、もっと喋ってよ。大阪弁」
「嫌だ」
「喋りぃな」
「誰が喋るか」
一見標準語でも、イントネーションがもう完全にネイティブだった。
ネイティブなのは、英語だけではなかったようだ。
「さっき喋っとったがな」
「うっさいわ」
「あっははははははははは!! お腹痛い!」
「だから、笑うな」
「亞紗斗、諦めぇや」
「誰のせいや思うとんねん」
「出とる、出とるって」
「あっははははははははは……!!」
「く……」
この日を境に、梨歩は「大阪」という単語を耳にするだけで大笑いするようになった。
そして。
亞紗斗が梨歩に囁いた、甘い英語フレーズの効力も――半減した。
玄関のドアが勢いよく開いた。
「来た……」
明らかに怪訝な様子の亞紗斗。
「どうしたの? 亞紗斗さん」
「ここには来るなと言ったのに……」
「律ちゃーん! ばあばが来たでー」
「あー、あー」
「ほんま律ちゃんはええ子やなあ」
「……」
「お義母さん、こんにちは」
亞紗斗の母・理華子。旧姓は深海。弟は、キリトとミナトの父。
そして、出身地――大阪府。
「梨歩ちゃん、出産お疲れさまやったなあ。亞紗斗、あんた。ちゃんと父親しとるんか?」
「当たり前だ」
「ほんまか?」
「しつこい」
亞紗斗は逃げるように別室に移動する。
「何やあれ。ほんま愛想悪いな」
理華子は律を抱っこしながら言った。
「あの、お義母さん」
「ん?」
「亞紗斗さんって、小さい頃からあんな感じでした?」
梨歩はずっと気になっていることを理華子に聞いた。
「あー、あの無愛想は生まれつきやねん」
「え?」
「産声から無愛想や」
「そうだったんですか。ちなみに無愛想な産声って?」
「『あー』。以上や」
「あっはははは」
「おもろいか?」
「はい、おもろいです。めっちゃ」
「梨歩ちゃんくらい愛想よう育ってくれたらよかったんやけどなあ。律ちゃんはそんなことあらへんなあ」
「あー、あー」
律は理華子に抱かれながら、声を出す。
「そういえば、亞紗斗さんって……全然方言出ませんね」
「ああ、あれはええかっこしいやからな」
「え、じゃあ……全く?」
「そんなことはあらへん」
理華子はわざと声を大にして言う。
「小学生になるまでは、コッテコテの大阪弁やったわ」
「ええ!?」
梨歩のリアクションに気を良くした理華子は、さらに続ける。
「幼稚園から小学校に上がった時にな。同じクラスの子に『その顔で大阪弁って強烈』って言われたのが地味にショックやったみたいでな。そうや、あれ結構打たれ弱いねん。そんなん気にせんと大阪弁で反撃したれって言うてもな。『もう大阪嫌だ。二度と喋らん』って。喋っとるがなっての」
「あっははははは!!」
一方、亞紗斗は台所の隅で一人佇む。
「だから来るなと言ったのに……」
すっかり出るタイミングを逃し、言われ放題。
「最悪だ……」
知られたくなかった。
思えば、両家の顔合わせの時もそうだった。
自分のルーツといえば、日本とアメリカ。
ずっと、その程度にしか考えていなかった。
いや、正確には――完全に忘れていた。
この母が、大阪出身だということを。
そして、アメリカ人の父も。
今ではすっかり、大阪弁に馴染んでいる。
「……」
リビングの方では、梨歩の大笑いする声がする。
「……早よ、帰れや」
亞紗斗が小さく呟いた。
そして、梨歩と理華子は。
「そういや、亞紗斗には双子の姉がおってなあ」
「あ、聞きました」
「生まれてすぐに逝ってもうたんやけど……」
先程とは打って変わり、しんみりした空気になっていた。
「もし、今生きてたら……三十歳なんやなあ」
「お義母さん……」
「生きて、その成長した娘に会いたかった……」
理華子は俯く。
「ほんでな」
「はい」
「もし、娘が生きてたら――どんな姿になっとんねやと思ってな」
「?」
「今流行の、生成AIってやつに再現してもろてん」
「え?」
「ほんで、これがその……娘の亞里紗や」
「わあ!」
理華子はスマホの画面を梨歩に見せた。
「すっごい美人……」
「やろ? こんなべっぴん、絶対誰もほっとかんがな」
「間違いないです」
「ほんで、こっちが」
理華子がバッグから取り出したものは――。
「亞紗斗の赤ちゃんの頃から幼稚園までのアルバムや」
「え、見たい!」
「ええで。ほんまびっくりするかもやけどな」
梨歩がアルバムを開く。
「……これ」
「な」
「律、じゃないですよね?」
「亞紗斗や。残念ながら」
「……全く同じだ」
瓜二つ。その言葉に尽きた。
「そうそう。この写真が一番好きやねん」
そこに映っていたのは――銀色の髪、アイスグレーの大きな瞳の美少年。正装をして、ヴァイオリンを抱えて真っ直ぐ見据えている。
「律も、今より大きくなったら……こんな感じになるんですかね」
「律ちゃんの方がもっと愛想ええで。亞紗斗はこの頃から無愛想やから。でも、めっちゃくちゃモテたわ」
「でしょうね」
「寄ってくるんも早かったけど、あの無愛想や。離れていくのも早かったで」
「なるほど」
「おい」
亞紗斗が戻ってきた。
「何を見ている」
「あんたのアルバムや」
「見ればわかる」
「なら黙って見いや」
「見れるか」
亞紗斗はアルバムを閉じる。
「あ、まだ途中やのに。ねえ、梨歩ちゃん」
「え、うん」
「あー、あー」
「あらあ、律ちゃんも見たいんか? パパの小さい頃の写真やでー」
「見なくていい」
亞紗斗はビニール袋にアルバムを入れ、理華子に渡す。
「おい、もういいだろ」
「全然」
「いつまで居座る気だ」
「気の済むまでや」
「梨歩も気を遣うから、いい加減帰ってくれ」
「何なら今日泊まってもええか?」
「いいから帰れ言うとるやろ!」
「!!」
梨歩が固まる。
「亞紗斗」
「何や」
「あんたの大阪弁、久々に聞いたわ」
「……っ!」
「ぷっ……」
耐えきれず、梨歩が噴き出す。
「梨歩」
「あっははははははは!!」
「……笑うな」
「今の最高に面白いわ! ねえ、もっと喋ってよ。大阪弁」
「嫌だ」
「喋りぃな」
「誰が喋るか」
一見標準語でも、イントネーションがもう完全にネイティブだった。
ネイティブなのは、英語だけではなかったようだ。
「さっき喋っとったがな」
「うっさいわ」
「あっははははははははは!! お腹痛い!」
「だから、笑うな」
「亞紗斗、諦めぇや」
「誰のせいや思うとんねん」
「出とる、出とるって」
「あっははははははははは……!!」
「く……」
この日を境に、梨歩は「大阪」という単語を耳にするだけで大笑いするようになった。
そして。
亞紗斗が梨歩に囁いた、甘い英語フレーズの効力も――半減した。



