君という夢を描いて The after story―Embrace it all―

「また、ダメだった……」

 リセット。

 亞紗斗との子どもを望んで数か月ほど経った。
 病院では何の問題も見つからなかった。
 亞紗斗も、「俺が原因かもしれない」と一緒に検査までした。
 異常なし。

 人工授精、または体外受精という方法もある。

 でも、原因不明なだけあって、余計に踏み出せずにいた。

「授かりものとはいうけど……こんなにも苦戦するとは思わなかったな」

 親友の若葉は、現在第二子を妊娠中だ。若葉は結婚してから、割と早くに第一子を授かった。自分もまだ若いから、すぐ授かると思っていた。

「比べたって、仕方ないのに」

 若葉。

 しばらく会っていない。

 でも、急に会いたくなった。

「連絡、してみようかな」

 電話をかけた。

「……出ない」

 呼び出し音が鳴るだけ。

 切ろうとした直前。

『梨歩?』

「若葉……」

『ごめんね、瑠花(るか)がジュースこぼしちゃって着替えさせてたの』

「そうなんだ」
 
『梨歩、どうしたの?』

「え?」

『何か、元気ないみたいだけど』

「……うん」

『何かあった?』

「ちょっとね」

 若葉に言うべきか。

 妊娠中の彼女に、余計な心配はかけたくない。

 でも。

「あのさ、若葉」

『何?』

「今から、行ってもいい?」

『え、構わないけど。結構散らかってるけどいい?』

「それは大丈夫。ごめんね、急に」

『いいわよ、私も一日ワンオペで誰かと話したいときあるし』

「じゃあ、今から行くね」

『わかった。気を付けて』

 梨歩は、若葉の厚意に甘えることにした。

 自分だけではどうにも解決できない。

 病院に行けばいいのだろうけど。ほしい答えが返ってくるとは限らない。

 誰かに聞いてほしかった。

 それだけだった。

 梨歩は行きがけに手土産を買い、若葉の家に行った。

 建てたばかりの新築の一軒家。
 真新しい木の香りが漂う。

「あ、梨歩。いらっしゃい」
「ちは」
と、瑠花。
「わ、瑠花ちゃんまで。若葉、急にごめんね。あ、これお土産。あとで食べて」
「あら、ありがとう。散らかってるけど、上がって」
「じゃあ、お邪魔します」

 リビングには、瑠花が遊んだ痕跡がいくつかある。

「若葉そっくりだね、瑠花ちゃん」

「うん、それよく言われる」

「エディ、デレデレじゃない?」

「デレるどころか……すっかり懐柔されてるわ」

「え、こんな小さい子に?」

「もう病気レベル」

「そうなんだ。だいたい想像つくけど」

 エディは日中美容師として働いているので、家を空けることが多い。土日は基本仕事なので、若葉はワンオペ。結婚式場の装花スタッフとして勤務する若葉は、瑠花ちゃんの育休中に第二子を授かったため、このまま産前休暇に入るらしい。

「ところで梨歩。今日はどうしたの?」

「あ、そのことなんだけど」

 梨歩は少し迷った。

「若葉は、妊活っていつから始めたの?」

「え、妊活?」

「うん」

「えっと……籍入れて、結婚式終わるまでは控えてたから……終わった直後かな」

「それで、すぐ始めたの?」

「そうね。さあ、これから妊活しよう! って張り切ってやっていたわけじゃないけど。それでも、何度かリセットして落ち込むことあった」

「え、リセットって……若葉も、そうだったの?」

「うん? まさか、梨歩……それで悩んでたの?」

「うん。半年くらい経つ」

「そっか。亞紗斗さんは?」

「焦る必要はない。俺は梨歩がいればそれでいいって、言ってくれる」

「亞紗斗さんらしいけど。でも、それだけじゃないでしょ。梨歩が悩むってことは」

「え?」

「そう言ってくれる亞紗斗さんが、梨歩との子どもを望むような瞬間があったから、苦しいんじゃない?」

「!」

「やっぱり」

「何でわかるの?」

「顔に書いてある」

「え!」

「あ、あかちゃん」

「どうしたの? 瑠花」

 瑠花が梨歩を指さして言った。

「あかちゃん、あかちゃん」

「え? 赤ちゃんは今、ママのお腹にいるよ。瑠花はもうすぐ、お姉ちゃんになるんだよ」

「こっち」

「え? 何? あたし?」

「あかちゃん、笑った」

「瑠花ちゃん? おばちゃん、あかちゃんいないよ」

「いるの! ママにも、おばちゃんにも!」

「瑠花?」

「ママがさき。おばちゃんはもうすこしあと。どっちもおとこのこ。どっちもパパにそっくり。おばちゃんのあかちゃん、おじちゃんそっくり」

 無言。

「ねえ。瑠花、こんなに喋ったの初めてなんだけど」
「え、そうなの?」
「もっとたどたどしい話し方だったのに、こんなに急に喋り出すものなのかな……?」
「さあ……」

「ねえ、梨歩」
「何?」

「これは、私の勘だけど」

「うん」

「着床出血の可能性、ない?」

「え、でも……生理かと思うくらいの量、出てたから」

「それ以降は?」

「あれ? そういえば……」

「何?」

「あれっきり、だったかも」

 さっきの瑠花の発言といい、若葉の勘といい。

 気になる要素がいくつかある。

「梨歩、私……検査薬のあまりがあるの。良かったら、試してみたら?」

「え、でも……」

「万が一ってこともあるから」

「うん」

 梨歩は若葉に促され、検査薬を試すことにした。

「怖いけど……」

 じわじわと、判定終了の線が浮き出ていく。

 気になるのは、その隣の小窓の反応。

「え……何、これ……?」

 見たことのない反応に、一瞬――蒸発線かもしれないと思った。

 期待するのは、まだ早い。

 二度見。

 三度見。

 何度も、何度も確かめた。


 陽性なら、線は二本。

 陰性なら、線は一本。

 これまで何度も試してきたはずなのに、何度も何度も見てしまう。

 結果は、もう明らかだった。

 判定終了の線がくっきり出たのを確認し、梨歩は若葉のいるリビングに戻った。

「…………」

 言葉が出ない。

「梨歩?」

「……若葉、あたし……」

 梨歩はその場に座り込む。

「梨歩?」

 検査薬を握りしめた梨歩。

「若葉……これ」

 そこには。

 くっきりと、二本の線が。

「あたし……」

「梨歩……」

「あかちゃん。やっぱりいた」と瑠花。

「うう……」

「梨歩、おめでとう」

「本当に、来てくれた……」

「うん」

 *

 その夜。

「亞紗斗さん」

「何だ?」

「あの、あたしね……」

 梨歩は、検査薬を亞紗斗に見せた。

「できた、みたい」

 その瞬間。

 広い腕が梨歩を包んだ。

「梨歩……」

「亞紗斗さん?」

「病院は、行ったのか?」
 肩越しに聞こえる亞紗斗の声。

「うん。まだ袋しかみえなかったけど」

「そうか」
 亞紗斗の声が、いつもより揺らいでいる。
「また、次の週に来てくださいって。心拍が確認できたら、母子手帳ももらいにいって、それから――」
「ありがとう」

 亞紗斗の腕に、少し力が込められる。
「亞紗斗さん?」

「次は、一緒に行こう」

「うん……」