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昨夜はなんだか分からない高揚感でなかなか寝つけなかった。
夜に中継で新曲披露したせいもあるが、長年胸の中にあったものの破片を拾ったからかもしれない。
目覚めて冷静になってみれば、何故あんなに今日も彼方と会うことを望んだのだろう。勿論奏の話をもう少し聞きたかったからというのもあるが、それだけではないような気もする。
自分の気持ちを掴み切れない。
そんなことをぼんやりとした頭で考えながらベッドから這い出た。
ホテルのレストランで軽く朝食を取る。
部屋に戻る途中で壁に貼ってある大きなポスターが目に入った。
夏に良く見かける打ち上げ花火の写真が使用されている。
「花火大会……今日かー」
そこに記されている日付は今日のものだった。
「花火大会あるんですね」
突然後ろから声がして振り返ると、いつの間にか心菜が後ろに立っていた。
ロケに一番都合の良い宿泊場所といえばこのホテルで、心菜が同じホテルを利用していたとしても別段なんの不思議もないし、それは初日からわかっていたことだ。
「おはようございます」
白いワンピースという清楚な雰囲気だが、どこか内面のぎらついたものが顔を出しているような気がした。
一瞬にして疲れを感じるが勿論そんなことは顔には見せない。
「おはよう」
軽い挨拶を交わし「一緒に行きませんか」と彼女が言いださないうちに、自然に見えるような感じでその場を離れた。
部屋を出たのは十一時過ぎ。
約束は昼過ぎとアバウトで、今から出発してのんびり行けばそんな時間に辿り着くだろう。
ロビーの手前で立ち止まる。
ソファに座っている心菜の姿が見えた。
(あれから一時間近く経ってるよなぁ)
自分が通るのを待っているかどうかはわからないが、避けたほうが無難なように思えた。エントランスから出るのは止め、中庭に通ずるドアから出ることにした。
部屋にいる間に調べたオートバイレンタル店に行き、一週間中型バイクを借りることにした。
(近くにあってラッキーだったな。まさかこんなところにあるとは思わな……いや、こういうところではレンタカーとかバイクとかって案外需要あるのかも)
何しろ交通の便はそれほど良くない。緋色の行きたい方面へのバスは一時間に一本だった。他もたいして変わらないだろう。
(それにしても……オレはいったい誰を乗せるつもりで……)
何故かヘルメットを二つ借りてしまった自分が不思議でしょうがなかった。
バイクを祖母の家の前に置き、山道を歩いて行く。
昨日は少々手間取ったが今日はスムーズに進むことができた。あの頃は一時間くらいかかったような気もするが、今なら十五分は短縮できる。
(まだ来てないかもしれないなぁ)
コンビニに寄って飲み物と昼用のパンを買った。
(なんとなく、二人分買っちゃったんだよな。ははは)
心の中で自嘲気味に笑う。
(さて。そろそろか)
前方が明るくなって来る。
木々を掻き分けると、青い海と青い空。それから――。
「かな……たくん、もう来てたんだ」
(いけね。奏って言おうとしちまった)
崖の先端に昨日と同じように座った青年は、そのことには気づかなかったようで、昨日と同じ満面の笑みを浮かべた。
「緋色さん! 昨日見ましたよ! サクラ・ステージ。あ、妹と」
いきなりテンション高めで攻めてくる。
「そう? ありがと」
よっと言いながら、隣に座る。
「新曲良かったです~歌詞がめちゃめちゃ切ないのに、曲調が夏らしくいつもの『なないろ』の明るさがあるから、余計切なさが沁みるっていうか」
く~っと感慨深げに目を閉じ、手はぎゅっと拳を握っている。
「あの歌詞緋色さんが書いたんですよねっ――おわっあわわっ」
目を開けるとかなり近距離に緋色の端正な顔がある。しかもいつもの笑みはなく、真面目な顔でじっと見られていた。
思わず距離を取ってしまう。
「きみ……男の子なのに、めちゃ詳しいよね」
「あ、あのっ妹が言ってましたっっ」
「ふうん、そうなの」
いつも通りの軽い笑みを浮かべる。
(……そうは思えないけど)
「でもっ男なのにってことないと思いますっ」
「え?」
「男でもなないろ好きなヤツいますよ。緋色さんかっこいいし、憧れるヤツだって……」
最後は視線を外してもごもごと聞き取りづらい声で言う。心なしか頬を染めてはにかむような笑みを浮かべている。
(あれ?)
「ありがと」
なんだか自分の頬も染まったような感じがして、誤魔化すように話題を変える。
「ねぇ彼方くんはお昼食べた? パン買ってきたんだけど」
返事を待たずにガサガサと袋を漁り、パンとペットボトルの水を出す。
「えっ緋色さんがおれにっ」
「うん、良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
受け取る手が少し震えていて、感激が表情に現われていた。
(ひょっとして……本当はオレのファンだったりするのかなー……なんだっめっちゃ照れるんだけどっ)
緋色のほうも内心酷く動揺していた。
「焼きそばパン」
「うん。なんか懐かしいよね~子どもの頃良く食べてた」
「わっなんか意外ですっ。緋色さんもっとおしゃれなもの食べるかと思ってた」
「ははっ。そんなことないよ。オレ結構普通よ」
そう言いながら袋を開けて齧り始めた。


