* *
(奏……なのか?)
色白で線が細い、でも流石に女の子には見えない。一つ年上の天城奏。でもこの青年は自分より二つ三つ下のように見える。
確信が持てず、黙って近づき彼の隣に座る。
足を下ろすと何もない空間。遠い下には波が打ちつける岩肌。
正面に青い海と青い空が混ざり合う。
それを緋色は懐かしそうに眺めた。
「あの……」
隣の青年がおずおずと声を掛けてきた。
(声……似ているような気がする……?)
やはり少し低くめではあるが。
「もしかして……貴方……」
じっと緋色を見詰めながら。
(ひょっとして、オレのこと……覚えて……)
緋色も彼の心の内を探るようにその表情をじっと見る。
期待。
しかし、次に出てきた言葉は自分の想像していた言葉とは全く違っていた。
「『なないろ』の『緋色』さんですよねっ?」
かなり食い気味に顔を近づけてくる。
ひと夏だけど濃い友人関係だと思っていた。でもそんな懐かしい友人に見せる顔ではなく、一般的に芸能人に出会ったテンション高めの人間の顔だった。
(覚えてないのか? それとも……全くの別人か……)
「え……まぁ、そうです……」
しらばくれてもいい、騒がれないうちに立ち去ってもいい。人気アイドルならそうすべきかもしれない。しかし緋色はどちらでもなく、そう答えて黙り込んだ。
懐かしい場所で懐かしい友に再び会えた。その期待が砕かれ、自分で思うよりもショックだったようだ。頭が真っ白になった。
「あ、おれの妹がファンなんですっ」
(おれ……おれかぁ……確か奏は『ぼく』って……まぁ、そんなの途中で変わることもあるけど……)
「そうなんだ~妹さんにありがとうって伝えておいて」
いろいろな想いは顔に出さず、いつもの鼻に抜けるような軽い声で言う。
「はい。妹も喜びます。おれも友だちに自慢できるなぁ~」
青年も満面の笑顔だった。
(やっぱ違う? なんか雰囲気が)
声はいつも小さめで物静かな感じだった。笑う時ははにかむような笑みを浮かべていた。
(う~ん)
この状況をどうしたらいいのか悩みながら、とりあえず海のほうに顔を向けた。
「緋色さんはどうしてここに?」
青年は緋色に興味津々のようで、視線が突き刺さるように感じる。
適当に話をして切りの良いところで立ち去ろう、そう考えた。
「映画の撮影に来てるんだよ」
「あ、知ってますよ、その映画。話題になってますね」
「そう?」
「はい! 公開されたら観に行きますね!」
(あれ、妹がファンなんじゃ……や、社交辞令か)
やっと緋色は彼のほうを向いた。
「あ……妹が観たがってたんで、一緒に」
「うん、ありがとう。嬉しいよ」
「緋色さんはどうしてこの場所に来たんです? ここって分かりにくい場所でしょ? 偶然ですか?」
「ああ、それは子どもの頃来たことがあるから。祖母の家がこの下のほうにあって」
来た方向に向けて軽く顎をしゃくる。
「夏休みに遊びに来た時にここを見つけたんだ」
言わなくてもいいことまで答えながら緋色は考えていた。
「へぇ! そうなんですね! 映画のロケ地は緋色さんの推薦?」
「まさか。たまたまだよ――ねぇ、きみ。この辺に住んでるの?」
話のついでのようにして、さっきから考えてることを口にした。自分の話に反応しないということは別人の可能性のほうが高いが。
「あ……えっと……おれは伯父の家に家族で遊びに来てるんです。この先下ったところにあります」
緋色が示したほうとは違う方向を指差した。
(あれ? 確か奏の家もこっちに……)
奏が来ない日が数日続いた時に訪ねたことがあった。今みたいに方向だけを聞いていて場所もはっきり分からないのに探したのだ。しかし、それは思ったよりも早く見つかった。そこだけ場違いのように整えられた土地に大きな家が立っていたからだ。
「ねぇ、きみ」
再び緋色は問いかけた。
「名前聞いてもいい? 歳は幾つ?」
「え」
青年は少し戸惑いを見せた。
(そりゃ、そうか。今会って突然名前って。子ども同士じゃあるまいし)
「や、ムリには訊かないけど」
「天城です。今大学四年です」
「天城? え? 下の名前は?」
(まさか!)
「かな……たです」
「え……」
(似てるけど、ちっがーう! 年齢もだいぶ下だしっ)
思わずそう叫びそうになった。
(でも……何か関係あるとか? これ以上ツッコんで訊いていいものか)
顔はにこにこ笑いながら、頭の中で思い巡らす。
「へ……へぇ、かなたくんて言うんだ。空の彼方の彼方くん?」
「空の彼方……? あ、そうです」
「あのさ……」
「はい?」
(いいや、訊いちゃえ。もしなんにも関係なかったら、それで終わりにしちゃえば。どうせ二度と会わない)
「きみとめちゃめちゃよく似た名前の天城奏って知ってたりする?」
意を決して言ったが、
「知ってますよ、従兄弟です」
あっさり返事が返ってきてしまった。
「えっ従兄弟っ?!」
「はい。四つ上の従兄弟のお兄ちゃんです。実はおれ、その家に遊びに来てるんですよ~。あ、勿論同姓同名じゃなかったら、ですが」
「たぶん……同姓同名じゃないと思う。きみに似てるから。そうか……従兄弟か……」
(そうか……従兄弟か……)
同じ言葉を心の中で繰り返し、空を見上げる。
あの夏と同じ青い空。
(やっばり……あの夏は存在したんだ――)


