桜ノ森スターズシリーズ 1『花火』

「もし良かったらこの後――」
「あ、オレちょっと用事あるんだわ」
「え?」
『この後お昼でもご一緒に』とか言い始めそうで、皆まで言わせず遮った。本人が戸惑っている間にさっと離れ、
「じゃ、また。明後日」
 もう既に二、三歩歩いた状態で手を振る。
『また明後日』
 その間は会わないと言う意思表示をした。果たして心菜に通じているかはわからないが。
 ゆったりとした足取りに見えるが、長い足で大股で歩いているので、あっという間にその場から離れて行った。
 スタッフもキャストもあらかたいなくなっていたが、監督・助監督・カメラマンは台本やパソコンを見ながら何やら話し込んでいる。
 その前に差し掛かるとぴたっと止まった。
「お疲れ様です」
 軽いだの礼儀がなってないなどと言われるアイドルにだってちゃんと、礼儀はある。
 よく通るトーンの声に三人は顔を上げて緋色見た。
「お疲れ~緋色くん今日もよかったよ」
 緋色は特にこの映画監督・亜希他(あきた)晴家(はるや)のお気に入りだった。今回の主演以外にも何度か映画に出演させてもらっている。神経質そうな顔に満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます」
 緋色は深々と頭を下げた。
「緋色くんは東京に戻るのかい?」
 先程もされた質問をもう一度される。だが熱の籠もった心菜とは違い、社交辞令的な物言いだ。
「いえ、ボクはここに残ります」
「そうなんだ? ――ゆっくり休暇かな? いつも忙しそうだからね」
 と助監督の北海(きたうみ)美智也(みちや)が柔らかな口調で言った。監督と違い顔も柔らかみがある。伝達事項はだいたいこの助監督の仕事だった。
「そうですね。実はこの辺知ってるところなんですよ」
「へえ」
 三人共に軽く興味を唆られる。
「昔祖母が住んでいて何度か来たことがあるんです」
「それは偶然だったね」
「ええ」
 緋色がちらっと視線を後方に遣ると、心菜がこちらに歩いて来ているのが見えた。
「今日明日は昔行った場所を回ろうかと思って」
 やや声を小さくして言ったのは、心菜にはプライベートなことは知られたくなかったからだ。
「では、失礼します。また明後日からよろしくお願いします」
 深々と頭を下げる。
 見かけとは違う落ち着きは、彼らに安心感と好印象を与えている。
「こちらこそ」
 頭を上げると心菜に追いつかれないうちにとその場を去った。



* *



『海に捧ぐ』
 人気アイドルユニット『なないろ』のメンバー緋色が現状に悩み、ツアー目前で姿を消す。
 山と海に囲まれた自然豊かな場所にやってきた彼は一人の少女と出会う。ただの田舎娘と思っていたが、純粋で素朴な彼女にささくれた心を癒され、気がつけば好きになっていた。
 しかし、少女は不治の病に侵されており、次第に弱っていき、緋色の前で命を落とす。
「貴方が本当にやりたいことやって欲しい。私の分も精一杯生きて!」
 という彼女の言葉を胸にまた『なないろ』に戻る。



「はぁ……こんないかにもアイドル主演の純愛映画です、みたいのオレには似合わないよ」
 ホテルの部屋に帰ると、中央のテーブルの上にドサッと台本を置いた。
「しかも、名前もそのまま使うとか、恥ずっ」
 Tシャツにジーンズ。私服みたいな撮影用の衣装から、本当に私服のTシャツとジーンズに着替える。
「……クリーニングに出しとくか……」
 緋色はバルコニーに出ると、丸い白いテーブルの上に放ってあった煙草に手をつけた。一本咥えて火をつける。
 普段は吸わない。ストレスが溜まると吸いたくなることがある。
 ここからは綺麗な海が見える。緋色の為にこのホテルでも良い部屋を用意されていた。
 セットのやはり白いチェアに座り片膝を立てる。その上に煙草を挟んでいるほうの腕を乗せ、空(くう)に揺らぐ紫煙を見ながら。
「オレじゃなくて……子どもらがやればよくない? ハピエンご法度のアイドル映画なんて」
 彼が『子どもら』と呼んでいるのは、最年少十八歳コンビ『青』と『藍人』のことだ。
 薹の立った自分よりも若くて溌剌とした彼らのほうが合っていると思うし、そういうチャンスもそろそろ与えて上げてもいいんじゃないかと、彼は思っていた。
 実際この話がきた時にそのことは社長に言ったのだ。
 しかし。
「これは亜希他監督からの熱烈オファーだから」
 と一蹴された。
「大丈夫ですよ~僕らもでま~す」
「おれも楽しみっすよ」
 たまたま社長室の応接セットを陣取っていた藍人と青がにこにこ答えた。
 映画では『なないろ』全員が出演する。ライブ風景やちょっとした絡みも確かにある。それだけでご機嫌な『子どもら』だった。
 緋色は途中まで吸った煙草を丸テーブルの上にあった灰皿で揉み消した。
(さて、行くか)
 ゆっくりとチェアから立ち上がった。

(オレには確かめたいことがある――)



* *

 

 ホテルを出てバスに三十分程揺られる。
 バスを降りた先には、母方の祖母の家がある。

 ホテルのある辺りはまだ観光地らしい雰囲気があるが、そこから離れると過疎化が進んでいるのか高い建物は愚か人家すら疎らになる。隣家との距離がかなりある感じだ。都会に住む者の憧れ、田舎暮らしをするのにうってつけの場所だろう。