〇元町・洋書店の前(開店の朝)
店の前に人だかり。学生、外国人、女学校の生徒たち、商人。
入口の上の看板には、まだ白い布がかけられている。
茂文「名前は、お前が決めろ」
櫻子「私が、ですか?」
茂文「お前の店でもある」
櫻子が少し考え、それから布の紐を引く。
布が落ちる。看板に刻まれた文字(大ゴマ)。
「INDEX インデックス書房」
茂文「……なんと読む」
櫻子「インデックス。本の後ろについている、索引という意味です」
櫻子が店を見上げる。
櫻子「どの言葉が、どこに書いてあるかを教えてくれるもの。この店が、世界中の本への入口になるように」
茂文が、小さく笑う。
茂文「いい名前だ」
〇同・店内(開店)
客がなだれ込む。英国の新聞を広げる外国人。フランスの詩集を抱える女学生。オランダ語の商業誌を読む商人。
窓辺の珈琲の席では、千代が新しい制服で給仕している。
千代「いらっしゃいませ!珈琲はモカとブラジルの深煎りです!」
カウンターの奥で、真壁が算盤を弾きながら、珍しく口元を緩める。
真壁「……予想の五倍です」
〇同・店の奥(夕方)
椅子が並べられ、近所の人たちが集まっている。年配の職人、皿洗いの少女、子どもを連れた母親。文字を読めない人も多い。
入口の貼り紙「本日夕刻 朗読会」。
茂文が皆の前に立つ。
茂文「この店は、本を読める人間だけのものじゃない」
集まった人たちが顔を見合わせる。
茂文「読めない人間にも、本の中には知らない世界がある。俺は、それを人に読んでもらって知った」
茂文が、櫻子のほうを見る。
櫻子が一冊の本を開き、英国の物語を日本語に訳しながら読み始める。
身を乗り出して聞き入る皿洗いの少女。目を細める職人。
一番後ろの壁にもたれ、目を閉じて聞く茂文。
茂文モノ『文字に苦しんできた俺だから、作れた店だ』
〇横浜港・大桟橋(出航の日・朝)
汽笛。大きな欧州航路の客船。見送りの人々であふれる桟橋(見開き)。
母と小百合。千代たち元ミモザの女給。真壁。少し離れた場所に、エドワード。
小百合「お姉ちゃん、絵葉書送ってね!本物の!」
櫻子「うん。一番きれいなのを送る」
エドワードが小さな包みを差し出す。
エドワード《ロンドンの、僕の好きな本屋の住所だ。……シゲには内緒で、ってわけじゃない》
櫻子《ありがとうございます》
エドワード《振られた男の、最後の親切さ》
肩をすくめて笑うエドワード。
人垣の後ろに、日傘をさした麗子の姿。目が合うと、櫻子に小さく会釈して去っていく(さりげない一コマ)。
最後に、茂文が櫻子の前に立つ。
茂文「向こうに着いたら、手紙を書け」
櫻子「ちゃんと読めるんですか?」
茂文「……人に読ませる」
櫻子「もう!」
いつもの調子。周りから笑いが起きる。
茂文が懐から一冊の手帳を取り出す。真新しい、革の表紙。
茂文「新しい単語帳だ。向こうで、全部埋めてこい」
櫻子が手帳を受け取る。第2話の、継ぎ足して膨らんだ古い単語帳が胸をよぎる(回想の一コマ)。
櫻子「……はい」
〇同・客船の甲板(出航)
甲板の手すりから、櫻子が色とりどりの紙テープを投げる。
桟橋で、茂文がその一本を受け止める。
船がゆっくりと岸を離れる。紙テープが伸びていく。
櫻子と茂文、一本のテープでつながったまま見つめ合う(見開き)。
テープが、ぷつりと切れる。
桟橋に残った端を、茂文はいつまでも握っている。
〇モンタージュ(航海)
上海の港。シンガポールの椰子の木。コロンボの夕陽。スエズ運河を進む船。地中海の青。
寄港地ごとに、船室で手紙を書く櫻子。宛名は「國衛茂文様」。
櫻子モノ『手紙は、真壁さんが読み上げてくれるらしい。だから恥ずかしいことは書けない』
櫻子モノ『……少しだけ、書いてしまったけれど』
〇ロッテルダムの港(五十余日後・朝)
石造りの倉庫。運河。行き交うオランダ語。初めて見る異国の港(大ゴマ)。
トランクを提げて下船する櫻子。深く息を吸う。
櫻子(本物の言葉。本物の街)
櫻子(……私、本当に来たんだ)
感激して目を潤ませる櫻子の背中に、声がかかる。
「櫻子」
聞き慣れた日本語。
櫻子がゆっくり振り返る。
そこに、帽子をかぶった茂文が立っている(大ゴマ)。
櫻子「…………なんでいるんですか!?」
茂文「仕事だ」
櫻子「日本にいたでしょう!?見送ってくださったでしょう!?」
茂文「お前の船が出た次の週に、アメリカ回りの船に乗った。太平洋を渡って、汽車で大陸を横切って、大西洋を渡れば、スエズ回りより早い」
櫻子「そんな……」
茂文「ロンドンで商談があった」
櫻子「でも、私、昨日まで船に……」
茂文「今朝、ロンドンから飛行機でアムステルダムへ。そこから汽車で来た」
櫻子、絶句(白目のギャグコマ)。
茂文は平然と、懐から地図を取り出す。……上下逆さま。
櫻子「……こんなに字の細かい地図なのに、どうやってここまで来たんですか」
茂文「人に読ませた」
櫻子「もう!」
櫻子が地図を取り上げ、正しい向きに直す。
茂文「明日は、こっちの出版社へ――」
櫻子「待ってください! その前に、行きたい本屋があるんです!」
櫻子は地図を広げ、一か所を指さす。
櫻子「ここです! ずっと行ってみたかった本屋なんです!」
茂文「……なら、まずそこだ。そのあと出版社も回るぞ」
櫻子「はい!」
茂文が手を差し出す。櫻子がその手を取る。
二人で地図を広げ、次に行く場所を指さし合う。
並んで歩き出す二人の後ろ姿(ラストの見開き)。
櫻子モノ『大正十年、ロッテルダム』
櫻子モノ『私の留学生活は、どうやら勉強だけでは済みそうにない』
店の前に人だかり。学生、外国人、女学校の生徒たち、商人。
入口の上の看板には、まだ白い布がかけられている。
茂文「名前は、お前が決めろ」
櫻子「私が、ですか?」
茂文「お前の店でもある」
櫻子が少し考え、それから布の紐を引く。
布が落ちる。看板に刻まれた文字(大ゴマ)。
「INDEX インデックス書房」
茂文「……なんと読む」
櫻子「インデックス。本の後ろについている、索引という意味です」
櫻子が店を見上げる。
櫻子「どの言葉が、どこに書いてあるかを教えてくれるもの。この店が、世界中の本への入口になるように」
茂文が、小さく笑う。
茂文「いい名前だ」
〇同・店内(開店)
客がなだれ込む。英国の新聞を広げる外国人。フランスの詩集を抱える女学生。オランダ語の商業誌を読む商人。
窓辺の珈琲の席では、千代が新しい制服で給仕している。
千代「いらっしゃいませ!珈琲はモカとブラジルの深煎りです!」
カウンターの奥で、真壁が算盤を弾きながら、珍しく口元を緩める。
真壁「……予想の五倍です」
〇同・店の奥(夕方)
椅子が並べられ、近所の人たちが集まっている。年配の職人、皿洗いの少女、子どもを連れた母親。文字を読めない人も多い。
入口の貼り紙「本日夕刻 朗読会」。
茂文が皆の前に立つ。
茂文「この店は、本を読める人間だけのものじゃない」
集まった人たちが顔を見合わせる。
茂文「読めない人間にも、本の中には知らない世界がある。俺は、それを人に読んでもらって知った」
茂文が、櫻子のほうを見る。
櫻子が一冊の本を開き、英国の物語を日本語に訳しながら読み始める。
身を乗り出して聞き入る皿洗いの少女。目を細める職人。
一番後ろの壁にもたれ、目を閉じて聞く茂文。
茂文モノ『文字に苦しんできた俺だから、作れた店だ』
〇横浜港・大桟橋(出航の日・朝)
汽笛。大きな欧州航路の客船。見送りの人々であふれる桟橋(見開き)。
母と小百合。千代たち元ミモザの女給。真壁。少し離れた場所に、エドワード。
小百合「お姉ちゃん、絵葉書送ってね!本物の!」
櫻子「うん。一番きれいなのを送る」
エドワードが小さな包みを差し出す。
エドワード《ロンドンの、僕の好きな本屋の住所だ。……シゲには内緒で、ってわけじゃない》
櫻子《ありがとうございます》
エドワード《振られた男の、最後の親切さ》
肩をすくめて笑うエドワード。
人垣の後ろに、日傘をさした麗子の姿。目が合うと、櫻子に小さく会釈して去っていく(さりげない一コマ)。
最後に、茂文が櫻子の前に立つ。
茂文「向こうに着いたら、手紙を書け」
櫻子「ちゃんと読めるんですか?」
茂文「……人に読ませる」
櫻子「もう!」
いつもの調子。周りから笑いが起きる。
茂文が懐から一冊の手帳を取り出す。真新しい、革の表紙。
茂文「新しい単語帳だ。向こうで、全部埋めてこい」
櫻子が手帳を受け取る。第2話の、継ぎ足して膨らんだ古い単語帳が胸をよぎる(回想の一コマ)。
櫻子「……はい」
〇同・客船の甲板(出航)
甲板の手すりから、櫻子が色とりどりの紙テープを投げる。
桟橋で、茂文がその一本を受け止める。
船がゆっくりと岸を離れる。紙テープが伸びていく。
櫻子と茂文、一本のテープでつながったまま見つめ合う(見開き)。
テープが、ぷつりと切れる。
桟橋に残った端を、茂文はいつまでも握っている。
〇モンタージュ(航海)
上海の港。シンガポールの椰子の木。コロンボの夕陽。スエズ運河を進む船。地中海の青。
寄港地ごとに、船室で手紙を書く櫻子。宛名は「國衛茂文様」。
櫻子モノ『手紙は、真壁さんが読み上げてくれるらしい。だから恥ずかしいことは書けない』
櫻子モノ『……少しだけ、書いてしまったけれど』
〇ロッテルダムの港(五十余日後・朝)
石造りの倉庫。運河。行き交うオランダ語。初めて見る異国の港(大ゴマ)。
トランクを提げて下船する櫻子。深く息を吸う。
櫻子(本物の言葉。本物の街)
櫻子(……私、本当に来たんだ)
感激して目を潤ませる櫻子の背中に、声がかかる。
「櫻子」
聞き慣れた日本語。
櫻子がゆっくり振り返る。
そこに、帽子をかぶった茂文が立っている(大ゴマ)。
櫻子「…………なんでいるんですか!?」
茂文「仕事だ」
櫻子「日本にいたでしょう!?見送ってくださったでしょう!?」
茂文「お前の船が出た次の週に、アメリカ回りの船に乗った。太平洋を渡って、汽車で大陸を横切って、大西洋を渡れば、スエズ回りより早い」
櫻子「そんな……」
茂文「ロンドンで商談があった」
櫻子「でも、私、昨日まで船に……」
茂文「今朝、ロンドンから飛行機でアムステルダムへ。そこから汽車で来た」
櫻子、絶句(白目のギャグコマ)。
茂文は平然と、懐から地図を取り出す。……上下逆さま。
櫻子「……こんなに字の細かい地図なのに、どうやってここまで来たんですか」
茂文「人に読ませた」
櫻子「もう!」
櫻子が地図を取り上げ、正しい向きに直す。
茂文「明日は、こっちの出版社へ――」
櫻子「待ってください! その前に、行きたい本屋があるんです!」
櫻子は地図を広げ、一か所を指さす。
櫻子「ここです! ずっと行ってみたかった本屋なんです!」
茂文「……なら、まずそこだ。そのあと出版社も回るぞ」
櫻子「はい!」
茂文が手を差し出す。櫻子がその手を取る。
二人で地図を広げ、次に行く場所を指さし合う。
並んで歩き出す二人の後ろ姿(ラストの見開き)。
櫻子モノ『大正十年、ロッテルダム』
櫻子モノ『私の留学生活は、どうやら勉強だけでは済みそうにない』



