大正浪漫、恋するインデックス~おしゃべり女給と文字が苦手な御曹司~

〇國衛商会・茂文の執務室(数日後・昼)

机の上に、英国の出版社から取り寄せた分厚い図書目録。

茂文「試しに少しだけ仕入れる。選ぶのはお前だ」
櫻子「私が、ですか!?」
茂文「俺には選べない。真壁は算盤しか見ない」
真壁「事実です」

櫻子が目録を開き、一冊ずつ題名と内容を読み上げていく。茂文は聞いた値段と部数から売り値を考え、真壁が算盤を弾く。

櫻子「この小説と、この婦人雑誌と……あと、この旅行記。これは日本で売れます」
茂文「どうしてわかる」
櫻子「私が読みたいからです」
茂文「お前基準か」
櫻子「駄目ですか?」

茂文が少し考え、口の端を上げる。

茂文「……いや。今のところ、当たってる」

〇モンタージュ(数週間)

ミモザの一角に置かれた小さな本棚。「英国新着書籍 ご注文承ります」の貼り紙。
外国人居留者が新聞を何部もまとめて買っていく。

帝大の学生たちが、小遣いを出し合って一冊の専門書を予約していく。
女学校の教師が、生徒たちのために婦人雑誌を定期で頼んでいく。
洋服の商人が、海外の流行を知りたいと雑誌を買い占めていく。

注文帳がみるみる埋まっていく。帳場で注文帳をつける櫻子と、それを聞いて全部覚えている茂文。

真壁が算盤を弾き、手を止め、もう一度弾き直す。

真壁「……予想の三倍です」
"そこへ商会の大番頭・権藤が顔を出す。
権藤「本屋ですか。また若旦那の思いつきでは?」
茂文「売上げを見てから言え」"
〇カフェー「ミモザ」・奥の席(夕方)

閉店後。注文帳を前に向かい合う三人。

茂文「片手間で扱う量じゃなくなった。専門の店を作る。まず場所を押さえる。商会の正式な事業にするのは、これからだ」
櫻子「専門?」
茂文「本屋だ。外国の本だけを扱う」

櫻子が息をのむ。

茂文「それと、カフェーも一緒にやる」
櫻子「どうしてです?」
茂文「お前、本を読むとき、いつも珈琲を飲んでるだろ」

櫻子が一瞬固まる。

櫻子「……私のためですか?」
茂文「商売だ」
櫻子「今、間がありましたよね」
茂文「ない」
真壁(帳簿から目を上げずに)「ありました」
茂文「真壁!」

櫻子が吹き出し、千代たちも厨房の奥でくすくす笑う。
櫻子は笑いながら、ふと真顔になる。

櫻子「……國衛様は、本屋をやって、嫌じゃないんですか」

茂文の手が止まる。

櫻子「だって、國衛様は――」
茂文「読めない俺が、一番わかる」

櫻子が顔を上げる。

茂文「本の中に、俺の知らない世界があることくらいは。……お前が読むのを聞いていて、そう思った」

櫻子の胸が、きゅっと締めつけられる(大ゴマ)。

〇横浜・元町の通り(翌日・昼)

通りに面した、空き家の洋館。窓には板が打ちつけられ、看板の跡だけが残っている。

茂文が仮押さえした物件の鍵を開ける。

〇空き家の洋館・一階(続き)

がらんとした広い部屋。埃が舞い、高い窓から斜めに光が差し込んでいる。
櫻子がゆっくり見回す。何もない壁。高い天井。

茂文「正式に認められたら、ここに外国中の本を並べる」

茂文が壁を指差していく。

茂文「英国の本はここ。フランスはここ。窓際には珈琲を飲む席を作る」

櫻子の目に、本で埋め尽くされた棚と、珈琲を飲みながら本を読む客たちの姿が重なる(空っぽの部屋に、未来の書店が透けて見える見開き)。

櫻子「……素敵」
茂文「そのうち、お前自身が買い付けに行けばいい」
櫻子「……え?」
茂文「英国へ」

櫻子が振り返る。

茂文「留学したいんだろ。向こうで学びながら、うちの店に置く本を選べばいい」
櫻子「どうして、それを……」
茂文「この前の婦人雑誌。お前が、後ろのページで手を止めていた。何が書いてあるのか、真壁に読ませた」

回想の一コマ。第9話、女子大学の広告で止まった櫻子の目。

茂文「英国の女子大学の、学生募集だったそうだな」

櫻子の目に、涙がにじむ。
読めない茂文が、自分の目線の先を覚えていて、わざわざ確かめてくれていた。

櫻子(行きたい。……でも)

櫻子が茂文を見上げる。光の中に立つ茂文。

櫻子(行ったら、この人の隣にはいられない)

言葉にならない櫻子の表情のアップ(ラストの大ゴマ)。