答えのその先に、私たちは


その日の放課後。

和解しようと、朱莉に話しかけたが、

「今日は1人にしてほしい」と言われ、

私は1人で駅まで歩いていた。


スマホを見ると、実緒からメッセージが届いている。

〈今から時間ある?〉

少し迷ってから返した。

《あるよ》

すぐに返事が来る。

〈じゃあ、会わない?〉

〈話したいことがある〉

その一文を見て、指が止まった。


私も、話したいことがある。

たくさんある。

実緒がいなくなったあの日。

どうして、何も言わずに学校を辞めたのか。

どうして、私に何も相談してくれなかったのか。

どうして、私は何も聞かなかったのか。


そして。

あのあと、実緒がどうやって生きてきたのか。

私はまだ、何も知らない。

今なら聞けるかもしれない、単純にそう思った。

*

待ち合わせ場所に着くと、実緒はもう来ていた。

「奏」

『ごめん、待った?』

「ううん、今来たとこ」

そう言って笑う実緒は、前に会ったときより少しだけ自然に見えた。

制服と私服を着た、どこかちぐはぐな私たちは、並んで歩き出した。

しばらく、どちらも何も話さなかった。

駅前の人混みを抜ける。

信号を渡る。

小さな公園の前まで来たところで、実緒が足を止めた。


「……奏」

『ん?』

「私ね」

実緒は少しだけ息を吐いた。

「ずっと、奏に謝りたかった」

『……何を?』

「学校辞めるって決めたとき」

『……』

「何も言わなかったこと」

実緒はベンチに腰を下ろした。

「バンドのことが決まって、事務所から学校にも家にもいろいろ言われて」

「顔も名前も出さないっていう条件だったから、今までの生活を全部切らなきゃいけなくなって」

『……うん』

「怖かったんだと思う」

その言葉は、思っていたよりずっと小さかった。

「夢が叶うかもしれないって思ったら、何かを捨てることが正しいんだって思っちゃった」

『……』

「だから、奏にも何も言わないほうがいいと思った」

『どうして?』

「だって、奏に止められたら、」

実緒は苦笑した。

「私、行けなくなると思ったから」

胸が痛んだ。

『……止めたかったよ』

初めて、口にした。

「うん」

『本当は、行かないでって言いたかった』

「……うん」

『でも、言えなかった』

「私も言ってほしかった」

実緒がそう言った。

『……え?』

「奏が止めてくれたら、もしかしたら私は……」

そこで言葉を切った。

そして、少し笑った。

「…いや、やっぱり、行ってたと思う」

『……なんだそれ』

「ごめん」

2人で少しだけ笑った。

でも、その笑いのあとに残ったものは、決して軽くなかった。


「……結局、デビューしてからも、思ってたようにはいかなかったんだよね」

実緒が続ける。

「活動も止まったし、バンドも終わった」

『……』

「最初は、全部失敗したと思った」

実緒は遠くを見た。

「学校も辞めて、友達とも離れて、夢までなくなって」

「じゃあ、私が選んだものって何だったんだろうって」

私は何も言えなかった。


「でもね」

実緒はスマホを取り出した。

画面には、動画配信のアプリが映っていた。

「最近、歌の配信してるんだ」

『……配信?』

「うん。顔は出してないけど」

少し照れたように笑う。

「誰かに聞いてもらえるの、やっぱり好きみたい」

『……そっか』

「それと、今は夜間の学校にも通ってて」

『え?』

「高卒認定受けようと思って」

実緒は笑った。

「夢を諦めたわけじゃないよ」

『……うん』

「でも、夢だけにしがみつくのも違うかなって思った」

その言葉が、胸の奥に残った。

夢を追うか。

安定を選ぶか。

どちらかを選ばなければならないと思っていた。


でも、実緒はそのどちらも捨てずに、自分で別の道を探している。

「私、やっとわかった気がする」

実緒が言う。

「正解って、最初から決まってるものじゃないんだなって」

私はその言葉を聞きながら、朱莉の顔を思い出していた。

ーー朱莉は、どうなんだろう。

好きな人に好かれるために変わること。

それは、朱莉自身が選んでいるなら「正解」なのだろうか。

それとも。

私は、朱莉に「変わらないで」と言うべきなのだろうか。

「奏?」

『……ごめん』

「ん?」

『ちょっと、考え事してた』

「朱莉ちゃん?」

名前を出されて、少し驚いた。

『……なんでわかったの?』

「顔に書いてある」

『そんなに?』

「うん」

実緒は笑った。

「やっぱり、大事な子なんだね」

『……うん』

その言葉だけは、迷わず言えた。

「だったら、ちゃんと話したほうがいいよ」

『……』

「昔の私たちみたいにならないように」

その言葉に、私は顔を上げた。

実緒は、まっすぐ私を見ていた。

「言わなかったことって、あとになってずっと残るし」

『……』

「私だって、ずっと後悔してたけど奏とこうやってもういちど話せるようになったから、一歩踏み出せたし」

『……そうなの?』

「うん!だから…、奏も…」

目を逸らせないまま、私はスマホを握りしめた。


私も誰かの役に立ってたんだ。

そう思うと、

朱莉に、ちゃんと話そう、向き合わなきゃ。

そう考えることができた。

朱莉がどうしたいのか。

そして、私がどう思っているのか。

今度こそ。

逃げないように。

*

次の日。

教室に入ると、朱莉の席には誰もいなかった。

『……あれ?』

いつもなら、私より先に来ている。

机の上に置かれたスマホを見ると、通知が1件。

朱莉からだった。

〈今日、放課後ちょっと話せる?〉

その一文を見つめる。

昨日、私も同じことを考えていた。

もしかしたら。

朱莉も、何かを伝えようとしているのかもしれない。

私はスマホを握りしめて、短く返した。

《うん、話そう》

今度こそ。

ちゃんと、自分の言葉で。