答えのその先に、私たちは


画面を見つめたまま、指だけが止まっている。

ひさしぶり。

そんな簡単な言葉で済ませていいほど、私たちの間にあった1年は短くない。

どうして今さら連絡してきたんだろう。

デビューするからって、何も言わずに私との関係を断ち切ったくせに。


そんなことを考えていると、ふと、以前ニュースで見た記事が頭をよぎった。

実緒の所属していた事務所の不正が発覚し、

バンドの活動が休止になったこと。

その後、解散が発表されたことも知っている。


デビューが決まったとき、実緒の歌声を聴いて、すぐに本人だとわかった。

メンバーの名前も顔も明かされていなかったけれど、ずっと隣で聴いてきた声を、間違えるはずがなかった。

姿は見えなくとも、画面越しに活躍する姿は自分のことのように誇らしくて。

そしてなにより、嬉しかった。

だからこそ、解散の知らせを見たときは、胸の奥がざわついた。


今、どうしているんだろう。
ちゃんと元気に過ごしているんだろうか。

何度か連絡をしようと思ったこともあった。

でも、あのとき何も言わずにいなくなったのは実緒の方だ。

今さら私から連絡するのも違う気がして、結局、何もできなかった。


でも、もちろん心配していたのは本当。
それでも、何も言わずに私を置いていったことを、簡単に許せるわけでもない。

そんな相反する気持ちを抱えたまま、私はようやく返信を打った。

《ひさしぶり》

ようやくそう返すと、既読がつく。


送信したメッセージを見つめながら、これでよかったのかと考える。

怒っていることも、心配していたことも、何ひとつ伝わらない、あまりにも素っ気ない返事だった。


そんな心配をよそにすぐに、

〈急にごめん〉

〈おすすめにジュリちゃん?が上がってきて〉

その名前を見て、少しだけ眉をひそめた。

朱莉。

実緒が知っている名前じゃない。

少なくとも、私と実緒が一緒にいた頃には。

《朱莉のこと知ってるの?》

そう送ると、

〈ううん、高校の時繋がってた子とか共通のフォロワーいたからなのかわかんないけど〉

〈投稿に奏が写ってたから〉

〈今、仲いい子なんだ?〉

私は少し迷ってから、

《うん》

《1番仲いいと思う》

と返した。


送ったあと、なぜか胸の奥がざわついた。

1番。

そんなこと、わざわざ書く必要なんてなかったのに。

しばらくして、実緒から返信が来た。


〈そっか〉

〈なんか…奏、変わったね〉

《何が?》

〈前より友達増えたんだなって〉

その言葉に、指が止まった。

友達が増えた。

たしかに、そうなのかもしれない。


でも、自分自身が1番自分をわかってる。

朱莉と出会ったばかりの頃の自分が、どれだけひとりだったのか。


実緒がいなくなってから、高校2年生になるまで。

教室にいても、誰とも深く話さなかった。

昼休みも、放課後も、ひとりだった。

そんな私に、何度そっけない返事をしても声をかけてきたのが朱莉だった。


何気ない一言だった。

本人はきっと、覚えてすらいない。

でも私は、あの一言に救われた。


だから。

朱莉が誰かを好きになるたび、その人のほうばかりを見るようになっても。

私と過ごす時間が、少しずつ減っていっても。

別れた途端、何事もなかったように戻ってきても。

…それを繰り返しても。

私は何も言えなかった。

言ったら、また私の前からいなくなる気がしたから。


〈奏〉

ボッーと考えていると、また画面に実緒からのメッセージが届く。

〈今度、会わない?〉

心臓が、どくんと鳴った。

会う。

その文字を見た瞬間、胸の奥からいろんな感情が一気に押し寄せてくる。


どうして今さら。

1年も連絡しなかったくせに。

何も言わずに私の前からいなくなったくせに。

あの頃ずっと言えなかったことを今度こそ言ってやろうと心に決めた。

寂しかった。

勝手だと思った。

ひどいと思った。

…でもなにより、心配だった。

今まで言えなかったことを、全部。

そう思う一方で、ようやく実緒と話せることに、どこかほっとしている自分もいた。

そんな自分が、少し悔しかった。

《いいよ》

《いつがいい?》

*

待ち合わせ場所に着くまで、何度も頭の中で言葉を整理した。

どうして何も言わなかったの。

どうして連絡をくれなかったの。

デビューするって聞いたとき嬉しかったのに、学校やめたって先生から聞かされた時、私はどんな気持ちだったと思う。

せめて一言くらい、言ってくれてもよかったんじゃないの。

言いたいことは、いくらでもあった。

今度こそ、ちゃんと伝えようと思っていた。

けれど。

「……奏?」

名前を呼ばれて、顔を上げる。

そこに立っていた実緒を見て、

全部、消えた。

『……実緒』

1年ぶりに見た顔。

間違いなく実緒だった。

でも。

「……久しぶり」

笑おうとしたのか、実緒が少しだけ口元を上げる。

その笑顔が、あまりにも弱々しくて。

私は何も言えなくなった。

以前より疲れた顔をしていた。

あの頃の実緒は、いつも前を向いていた。

デビューが決まったと聞いたときも、嬉しそうに笑っていた。

「絶対、成功するから」

そう言っていた。


私は、その言葉を今でも覚えている。

でも、今はそんな面影なんかなくて。

目が合うと、昔のような笑顔を試みたのだろう、だけどどこかぎこちなくて、すぐに消えてしまう。

何かを話そうとしては、言葉を探すように視線を落とす。

そんな姿を見ていると、用意してきた言葉がひとつずつ消えていった。

だからこそ。

目の前にいる実緒に、

【どうして何も言わなかったの】

なんて、言えるはずがなかった。


『……元気だった?』

やっと出てきたのは、それだけだった。

実緒は一瞬だけ黙って、

「うん」

と答えた。

でも、その声は少しだけ震えていた。

「……そっちは?」

『私?』

「うん」

『……まあまあかな』

「そっか」

…

2人とも、それ以上何も言えなかった。

しばらくして、実緒が小さく息を吐いた。

「……ごめんね」

『……何が?』

「急に連絡したこと」

『それは別に』

「そっか」

また沈黙。

私は思わず拳を握りしめた。

言いたい。

今なら言えると思っていた。

なのに。

目の前にいる実緒を見ていると、あの頃と同じように言葉が喉につかえる。

結局、私は、また何も言えないのかもしれない。