その数日後。
「先輩?」
遙花から、一通のメッセージが届いた。
玲はすぐさまスマホのメッセージを開く。
〈助けて〉
「え……」
玲は、いても立ってもいられず、遙花に電話をかけた。
〈……玲君?〉
「あ、先輩。どうした――」
〈玲君、私……殺されるかも、しれない……〉
「!!」
か細くも、明瞭な声。
(殺される……?)
あの違和感の正体を垣間見たような感覚に、玲は震撼する。
〈せめて、蒼生だけでも……〉
「あお……?」
〈私の子だけでも……〉
様子がおかしい。
このままでは危険だ――玲の本能が叫んだ。
「先輩、今どこにいる?」
〈……日下部法律事務所の、前〉
「じゃあ、そのまま事務所に来られる? それとも、迎えに行こうか?」
〈……うん、来て〉
「わかった」
玲は階段を降り、事務所の外に出た。
「先輩」
「玲君……」
赤ちゃんを抱っこしたまま、立ちすくむ遙花。
その腕には、痛々しい打撲痕がいくつも残っていた。
「とりあえず、中で話そう」
玲は遙花をオフィスまで誘導する。
エレベーターを使い、上まで上がった。
エレベーターの中では、終始無言のまま俯く遙花。
(覇気がない。ただ疲れているだけとは、到底思えない。
この怪我といい……)
違和感を拭えないまま、玲と遙花は弁護士事務所のオフィスに着いた。
玲は遙花を応接室に案内し、「ちょっとここに座って待ってて」と言い、一旦彼女と離れる。
そして、先輩弁護士の佐々木武蔵に報告。
「佐々木先生。ちょっと、今から面談入っていいですか?」
「いいけど。もしかして、急なやつ?」
「はい。あの……緊急対応が必要かもしれないです」
「え?」
「さっき、彼女から僕のスマホにメッセージがあって。『助けて』と」
武蔵が目を見開く。
「その後、すぐに彼女に電話をしました。彼女、『殺されるかもしれない』と言っていて。腕に、複数の打撲痕があります。赤ちゃんも一緒にいます」
「わかった。僕も行くよ」
「はい、お願いします」
日下部法律事務所の応接室で、遙花は無料相談を受けることになった。
「夫と離婚したいけど、逃げられなくて……」
腕の他にも、身体には複数の暴力の痕があると話した。警察にはまだ相談できていないという。
「夫は、子どもが生まれるまでは優しかった。でも、生まれた子が男の子だったから……態度を一変させて――」
「え?」
「生まれる直前まで女の子だと言われていたから、実際に生まれてきたのが男の子だったのが……すごくショックだったみたい」
「それは……衝撃だったかもしれないけど。でも、ショックって……?」
「女の子が良かったみたい。男の子も可愛いよって言ったんだけど、『男しか産めない役立たず』『お前が産んだんだから、そいつはお前が責任もって育てろ』『俺は一切手伝わない』って。」
「は? 何て身勝手な……」
「玲」
「あ、すみません」
武蔵の制止で留まる玲。
「それは、辛い思いをされましたね」
武蔵は続ける。
「無理のない範囲で構いません。あなたとお子さまが安心して暮らせるように、私共も一緒に考えていきたいと思っているので、覚えている限りのご主人の言動や、問題行動を教えていただけませんか?」
「はい。夫は、息子が泣くたびに『うるせえ』とか『さっさと黙らせろ』と罵声を浴びせたり、どこかでお酒を飲んで来て……帰って来るのも夜中なので、もう少し早く帰れないか聞いたら、気に入らなかったのか……次第に、私に暴力を振るうようになりました」
「それは、いつ頃からですか?」
「私が息子と退院した、その日からです……」
「酷い……酷すぎる」
「玲、今は抑えて。最後まで聞くんだ」
「すみません。あまりに酷すぎて……」
「そうだね。かなり酷い話だ。僕でも許せない。でも、その感情に呑まれてはいけない」
「はい……」
「退院した日から今日までの間、ずっとあなたに対してもお子さんに対しても、罵詈雑言を発した上に、あなたには暴力行為にまで及んでいる。警察には相談されていないとのことですが、それは何故ですか?」
「私が、全部悪いんです」
遙花は続けた。



