「……その方が、嬉しい」
「分かった。でも私、着替えがないから一回取りに行っていい?」
「いいけど、部屋着なら僕のでよければ」
「私、一応女だから」
「あ、うん」
「ちょっと取ってくる」
「送ろうか?」
「大丈夫。すぐ近くだから」
遙花が部屋を出る。
ドアが閉まった瞬間、部屋に静けさが戻った。窓の外を走る車の音が遠くに流れ、冷蔵庫の低い駆動音だけが、妙に大きく聞こえる。
「……」
玲はしばらくその場に立ち尽くした。
「泊まるって……」
今さら実感してきた。
いつもなら本の紙の匂いと、昼間の光で落ち着いている部屋が、今夜は少し違って見える。間接照明をつけると、淡い橙色の光が壁と本棚を柔らかく照らし、二人のためだけに切り取られたような空間になった。
「いや。落ち着け」
念のために、と準備だけしておく。
何も起こらないかもしれない。
それでも。
「……念のため」
自分に言い訳するように呟いて、そっと引き出しを閉じる。
「あ。そうだ」
浴室を確認し、浴槽に湯を張る。
「……これも念のため」
湯の落ちる音が、静かな部屋の奥からかすかに響いた。その音を聞いていると、遙花が戻ってくるまでの時間が、いつもより長く感じられる。
そのとき。
ガチャッ。
「おまたせ」
「早っ」
「え?」
「あ、いや。お帰り」
危なかった。
玲の心臓が急に騒がしくなる。
「あれ? お風呂」
「ああ。今お湯張ってるから。よかったら先に入って」
「玲君からじゃなくて?」
「いやいや。レディーファースト」
「何なら、一緒に入る?」
「へ!?」
玲の顔が一気に赤くなる。



