それから何度か遙花とプライベートで会ううちに、蒼生が玲に懐き始めた。
「あー、あー」
「あ、蒼生君。今オシッコしたね」
「たあ!」
「ブルブルしたね」
「んな!」
「オムツ替えようか」
「や!」
「ダメ、かいかいになっちゃうよ。はい、ごろーんして」
玲は蒼生のオムツを替える。その姿を、遙花は微笑ましく見ることが増えた。
初めは抱くのも怖いと言っていた玲。今ではすっかり、蒼生に対する振る舞いが自然になってきている。
「ねえ、先輩」
「何?」
「僕、先輩への気持ち。何一つ変わってないよ」
蒼生を抱っこしながら、玲は言った。
「え?」
遙花は一瞬戸惑った。
そうだ。
その答えを出すときが来たのだ、と。
遙花は玲に返す言葉を探した。
沈黙。
「あ、やっぱり変わったかも……」
玲の方が早かった。
「そう……」
言いかけた言葉を飲み込んだ直後だった。
「もっと、好きになった」
「……え!?」
「だから、これからも一緒にいたい」
真っ直ぐな玲の言葉。
「玲君……」
「いつかは、家族になりたいと思ってる」
迷いのない、玲の言葉。
素直に嬉しい。
だけど。
遙花にはまだ、迷いがあった。
「でも、玲君はまだ若いし。わざわざ私を選ばなくても……。それに、私と家族になるってことは、蒼生の……お父さんになる覚悟がないと――」
「僕は、初めからそのつもりだよ」
「そんな簡単なことじゃないんだよ。親になるって。まして、玲君はこの子とは血のつながりが……」
血のつながり――。
どんなに蒼生を大切に思っていても、玲と蒼生とはそれがない。覆りようのない事実が重くのしかかる。
まだ若い玲の人生を、これから先の未来を。
彼ならきっと大丈夫。そう思えるくらいの安心材料は、この数カ月の間積み重ねてきた時間の中で、充分すぎるくらい揃っている。
それでも、玲の人生がかかっていると思うと、安易に「蒼生の父親になってほしい」とは言えなかった。
玲は――。
「血のつながりはなくても、僕は……蒼生君のお父さんになれたらいいなって思っているよ」
「でも、それだと玲君の人生が……」
「僕の人生?」
「うん」
「遙花さんと、蒼生君と、一緒に生きていくことも――僕の人生だよ」
「……!!」
「だって、蒼生君さ。最近僕に懐いてくれているし、可愛いし。それに、多分僕は、恋愛は向いていない。でも、一度好きになったら、その人とずっとそばにいたいって思える。刺激とかときめきとか、そういうのは与えられないかもしれないけど、家族として支え合って生きていくくらいの気持ちは、もう既に持っている。だから、二人にとって僕が必要だからじゃない。僕が二人と一緒にいたいんだ」
「わかった。もうわかったから」
「わかったから、何?」
「いいよ、玲君となら」
「それは、つまり?」
「うん」
「お付き合い、OKってこと?」
「うん」
「や、やったあ!」
「……大袈裟」
「長かったあ~。先輩頑固だし、あのクソ旦那……あ、先輩の元旦那さんね。なかなか離婚に応じないからもう、埋めたろかと思ってたし」
「あっははは!」
「え、何?」
「ボロが出てるよ。クソ旦那とか埋めたろかとか」
「あ……」
「いいよ。もうあんなやつ、埋められて当然のことしたんだから。玲君、あいつのせいで大怪我したし」
「今は殺人未遂で起訴されてるしね。多分、このまま実刑食らって、塀の向こう側に行くんじゃない?」
「うん。でも、また数年後には出てきちゃうのかと思うと、ちょっとね」
「その時は、また考えよう。今度は向こうが部外者だから」
「そうだね」
「ねえ、先輩」
「何?」
「……」
「何で黙るの?」
「……キスしても、いい?」
「え?」
「嫌なら、しない」
「……いいよ」
「え、ほんとに?」
「うん」
「ほんとに?」
「うん」
「ほんとに、するよ?」
「何回聞くの?」
「じゃあもう、していい?」
「いいよ」
「わかった」
「……嫌なら、言って」
「ちょっと、早くして」
「……先輩、したかったの?」
「うるさいな」
唇に触れた。
「……した」
「したね」
「……もう一回」
「え?」
「次はもっと、ちゃんとしたい」
「もしかして、初めて?」
「……そうだよ」
「意外。もう何人かと経験あるのかと思った」
「僕はまだ純潔だよ」
「失礼な」
「先輩も僕とは初めてじゃん」
「だから?」
「一緒」
「私、子どもいるんだけど」
「そういう意味じゃない。僕と過ごす時間のこと」
さっきよりも長く、深いキス。
そして、その日。
「あ……」
蒼生が初めて歩いた。
一歩、一歩と踏みしめるように。
おぼつかない足取りで、玲の元へ向かってくる。
玲の瞳が潤む。
「ねえ、蒼生君が歩いたよ! 自分の足で! すごいよ、蒼生君!」
蒼生を抱きしめる玲。その瞬間。
「ぱぱ」
玲は、涙腺が崩壊した。



