初恋、のちパパになる―憧れのあなたは母になっていた―

「玲君?」

 懐かしい声――玲は名前を呼ばれ、振り向いた。

「先輩?」

 佐伯遙花(さえきはるか)。玲より三つ年上の、バイト先の先輩だった人。
 
 そして、彼女の腕に抱かれた、小さな赤ちゃん。

「久しぶりね」

「うん、久しぶり」

 玲が学生の頃にバイトをしていたカフェ、ロゼッタ。
 女性客に人気のメニューが豊富に揃った、乙女チックなカフェだ。
 ここは、玲の父・エディも学生の頃にバイトをしていたことがある。彼女は、そこに勤めていた玲の先輩スタッフだった。
 いつもきびきびテキパキ動いて、たまに厳しいと思うこともあった。この店のマスター・ロゼと共同経営者のジェームズがカウンター内で世間話しようものなら、「口じゃなくて手を動かしてください」と物怖じせずはっきり言うような女性。玲は何度かテーブルを間違えて、お客さんに怒られたことがある。その時も、間に入って必ずフォローしてくれた。
 玲にとっては、頼りになるお姉さん的な存在だった。

「玲君は今、何の仕事してるの?」
「弁護士だよ。まだ新米だけど」
「すごい、本当に弁護士になったのね」
「おかげさまで。先輩は、お子さんが?」
「うん、三カ月前に生まれたばかりの息子」
「うわ、ちっちゃい。てか、先輩……結婚してたんだね」
「うん」
「あれ? もしかして、あんまり元気ない?」
「え?」
「何かあった?」
「……ちょっと、寝不足気味かな」
「寝られてないの?」
「うん。夜中にまだ、夜間授乳とかで起きたりするから」
「旦那さんは?」
「夫は仕事で疲れているの。それに、この子を育てるのは、私の仕事だしね」
「え?」
「それじゃ」
「待って」
 玲は思わず遙花を呼び止めた。何となく感じた違和感の正体は、まだわからないままだったが――何故か無性に気になった。どこか胸騒ぎにも似た感覚だったからかもしれない。

「何?」
「これ、僕の名刺。先輩、連絡先、変わってないよね?」
「え、うん。特には……あ、今は名字が『近藤』になってるくらいかな」
「そっか。ならよかった。もし、僕が力になれることがあれば言って」
「ありがとう」
「じゃあ、またね」

 (先輩、だいぶ疲れた顔してたな。旦那さんは、育児に参加していないのかな)

 玲は妙な違和感を抱えながら、彼女と別れた。

  *