ここのところ毎日大学に来ている。四回生なのに。
大学の図書館にこもって調べものをする日々。
なんでもっと早くやり始めなかったんだろう。
必死になって文献とにらめっこしていたら、十五時をとっくに過ぎていた。
遅めの朝食をとってから来たし、空腹ってわけではないけど、何か口に入れたいな。
一旦、外出ようかな。
……うわ、来た時より寒い。ひゅっと身体が縮こまる。
……あったかいコーヒー飲みたいな。
そう思った瞬間、あの店員さんの顔が頭に浮かんだ。
僕の足はもう、あの店に向かっていた。
店の前に着くと、入るのを少し躊躇している自分がいた。なんでかな、分からない。
ガラス戸越しに店内を覗いてみる。
……あ、いた。
——『また寂しい気分になったら、絶対俺のところ来て』
あの日、帰り際に言われた言葉がふっと蘇った。
……今日、別に寂しくはないんだけど、いいよね?
ガラス戸を引くと、「いらっしゃいませ」と、またあの低い声が耳に届く。
軽く頭を下げて、店に一歩入る。
メニュー表に視線を落としたまま、レジへ進むと、店員さんは僕を覗き込むようにして、
「今日は寂しくない?」
と少し悪戯っぽい顔をして尋ねてきた。
……え?
覚えていてくれてたことに驚いた。
それと同時に、そんな表情でそんなこと聞くのはどういう意図なの?と、頭がパニックになる。
「……あ、はい。寂しくはない……です」
動揺しまくった。恥ずかしい。
恥ずかしさを隠すように、
「おすすめでお願いします」と早口で言った。
彼は、「ははは!」と豪快に笑ったあと、
「じゃあ、よかった。前と同じのね、かしこまりました」
と言い、コーヒーを淹れる準備をし始めた。
前回と同じ席に座ってから少し落ち着くと、自分の余裕のなさがより恥ずかしくなってきた。
ああいうとき、咄嗟に良い返しができたらな。
脳内反省会をしていたら、コーヒーが運ばれてきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
僕がそう言うと、店員さんはおもむろに僕の隣の椅子に腰をかけた。
……え? そこ座るんだ。
他にお客さんいないけどさ。
「大学生?」
「……はい、四回生です」
「じゃあ、卒論とかやってる頃か」
「そうです。周りはもう草稿の段階なのに、僕はやり始めるの遅くて、焦ってます」
「そうなんだ。俺も卒論、ギリギリでやったなー」
店員さんは、遠くを見ながらそう言った。
……なんか、心がふっと軽くなった。
卒論の焦りも、さっき上手く返せなかった恥ずかしさも、まるっと包み込まれたような不思議な感覚だった。
「そうだったんですね。店員さんもそうだって聞いたら、なんか気持ち軽くなりました」
……まただ。
思ったことが、そのまま僕の口から言葉になって出ていた。
「泉」
「……え……?」
「俺の名前、藤崎泉(ふじさき いずみ)」
「……藤崎さん……?」
「泉って呼んでいいから」
「……泉さん…………」
「うん、オッケー。名前なんていうの?」
「あ、えっと、桃田洸平(ももた こうへい)です」
「桃ちゃんね」
……桃ちゃん…………?
初めての呼び方に戸惑う。
……いや、それより!
いきなり下の名前で呼ばせるの、なんで⁈⁈
「桃ちゃん、嫌だった?」
「え……? いえ! 嫌とかじゃなくて、びっくり……」
「ははは! やっぱ、可愛いね」
……可愛い??? 僕が?
どういう意味?
反応が子供っぽくて可愛い、みたいなこと……? そう気が付いた瞬間、頬がかーっと熱くなるのを感じた。
それを誤魔化すように、コーヒーをすすり、
「あ、今日もすごく美味しいです!」と伝えた。
「……嬉しい。」
泉さんは組んだ足に視線を落としながら、低い声で小さくそう呟いた。
大学の図書館にこもって調べものをする日々。
なんでもっと早くやり始めなかったんだろう。
必死になって文献とにらめっこしていたら、十五時をとっくに過ぎていた。
遅めの朝食をとってから来たし、空腹ってわけではないけど、何か口に入れたいな。
一旦、外出ようかな。
……うわ、来た時より寒い。ひゅっと身体が縮こまる。
……あったかいコーヒー飲みたいな。
そう思った瞬間、あの店員さんの顔が頭に浮かんだ。
僕の足はもう、あの店に向かっていた。
店の前に着くと、入るのを少し躊躇している自分がいた。なんでかな、分からない。
ガラス戸越しに店内を覗いてみる。
……あ、いた。
——『また寂しい気分になったら、絶対俺のところ来て』
あの日、帰り際に言われた言葉がふっと蘇った。
……今日、別に寂しくはないんだけど、いいよね?
ガラス戸を引くと、「いらっしゃいませ」と、またあの低い声が耳に届く。
軽く頭を下げて、店に一歩入る。
メニュー表に視線を落としたまま、レジへ進むと、店員さんは僕を覗き込むようにして、
「今日は寂しくない?」
と少し悪戯っぽい顔をして尋ねてきた。
……え?
覚えていてくれてたことに驚いた。
それと同時に、そんな表情でそんなこと聞くのはどういう意図なの?と、頭がパニックになる。
「……あ、はい。寂しくはない……です」
動揺しまくった。恥ずかしい。
恥ずかしさを隠すように、
「おすすめでお願いします」と早口で言った。
彼は、「ははは!」と豪快に笑ったあと、
「じゃあ、よかった。前と同じのね、かしこまりました」
と言い、コーヒーを淹れる準備をし始めた。
前回と同じ席に座ってから少し落ち着くと、自分の余裕のなさがより恥ずかしくなってきた。
ああいうとき、咄嗟に良い返しができたらな。
脳内反省会をしていたら、コーヒーが運ばれてきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
僕がそう言うと、店員さんはおもむろに僕の隣の椅子に腰をかけた。
……え? そこ座るんだ。
他にお客さんいないけどさ。
「大学生?」
「……はい、四回生です」
「じゃあ、卒論とかやってる頃か」
「そうです。周りはもう草稿の段階なのに、僕はやり始めるの遅くて、焦ってます」
「そうなんだ。俺も卒論、ギリギリでやったなー」
店員さんは、遠くを見ながらそう言った。
……なんか、心がふっと軽くなった。
卒論の焦りも、さっき上手く返せなかった恥ずかしさも、まるっと包み込まれたような不思議な感覚だった。
「そうだったんですね。店員さんもそうだって聞いたら、なんか気持ち軽くなりました」
……まただ。
思ったことが、そのまま僕の口から言葉になって出ていた。
「泉」
「……え……?」
「俺の名前、藤崎泉(ふじさき いずみ)」
「……藤崎さん……?」
「泉って呼んでいいから」
「……泉さん…………」
「うん、オッケー。名前なんていうの?」
「あ、えっと、桃田洸平(ももた こうへい)です」
「桃ちゃんね」
……桃ちゃん…………?
初めての呼び方に戸惑う。
……いや、それより!
いきなり下の名前で呼ばせるの、なんで⁈⁈
「桃ちゃん、嫌だった?」
「え……? いえ! 嫌とかじゃなくて、びっくり……」
「ははは! やっぱ、可愛いね」
……可愛い??? 僕が?
どういう意味?
反応が子供っぽくて可愛い、みたいなこと……? そう気が付いた瞬間、頬がかーっと熱くなるのを感じた。
それを誤魔化すように、コーヒーをすすり、
「あ、今日もすごく美味しいです!」と伝えた。
「……嬉しい。」
泉さんは組んだ足に視線を落としながら、低い声で小さくそう呟いた。

