遠恋なんか、クソ食らえ。

「ちぃ。何があっても、俺のこと好きでいてくれる?」

 高校を卒業して、数週間が経った3月末。駅前にあるファミレスの窓際でメニュー表をめくっていた俺──矢谷(やたに)千駿(ちはや)は、向かいの席から投げかけられた言葉にギョッとした。
 慌てて前を向けば、いとしのダーリンこと塩原(しおはら)洋(よう)は、返事を期待するようにじっと俺を見つめてくる。

 洋はとにかく顔が良い。俺好みの目鼻のはっきりとした甘い顔立ちは、俳優になってもおかしくないほどの男前だ。
 自分の顔で、美形は見慣れてる。なのに常に眩しくて、そのやや垂れた目で見つめられるだけで、俺は未だに恥ずかしくなってしまう。
 今だって、その眼差しに耐えられなくなって、つい視線を逸らしてしまった。取り繕うようにこほんと咳払いして、俺はそっとメニュー表に視線を戻す。

「な……なーに当たり前のこと言ってんだよ」
「ほんと?」
「うん。当たり前じゃん」
 
 そう言ったところで、しばし沈黙が生まれた。何か地雷でも踏んだっけ。少し心配になって、またちらと洋を見やる。
 すると、洋は「ん。そっか。よかった」と言って、噛み締めるように頷いていた。
 ただ、その表情が、どことなく胸に引っかかる。いつもの洋なら、嬉しそうにへらりと笑うってのに。口元に力が入ってて、やたら気になった。

「もしかして、なんかあったん?」

 メニューをテーブルに置きながら訊ねると、洋は決まり悪そうに「あー、うん」とだけ返事した。
 でも、それ以上は言うつもりはないらしい。再び口をつぐんでしまう。
 洋はマイペースな男だし、普段から自分のことはあまり話さない。それが、俺はいつも気に食わない。

「洋ってさ、ほんと秘密主義だよな。俺、彼氏だってのに」

 そう言ったら、洋はそんなの初耳だと言わんばかりに、大袈裟に目をぱちくりさせた。

「なんだよ、その反応」
「いや……あの、ちぃが俺のことそんな気にしてくれてるとか思わなくて。ほら、俺から告白して付き合ってもらったし……」

 洋はそう言いながら、ほんの少し頬を赤らめてみせる。だけど、俺はその反応にちょっとだけむっとした。
 たしかに、俺は男と付き合うなんて考えたことはなかったよ。けど、もう一年半も恋人だし、好きじゃなかったら付き合ってない。

「はぁ? これでもお前のこと、めちゃくちゃ好きなんだけど? 好きなやつのこと知りたいって思っちゃダメなん?」

 そう当たり前のように言ったら、なぜか洋はへらぁとだらしなく笑みをこぼした。だけど、次の瞬間。
 
「俺、大学落ちたんだよねぇ」
「……は?」

 とんでもない発言が耳に飛び込んできて、思わず声が漏れる。
 だって、洋はめちゃくちゃ頭が良い。
 県内トップの進学校で、常に上位10番以内。高三になって急に医学部を目指し始めたってのに、模試で県外にある志望大はずっとA判定。前期試験は高熱のせいで受験できなかったけど、先生たちからも「塩原なら後期でも余裕だから安心しろ」って言われてた。

 俺も、洋なら受かるって信じてたし、今日だって合格前提の、受験お疲れさま会としてデートしてる。
 学部は違えど、同じ大学に進学できるって思ってたもんだから、4月から一緒にバイトとかすんのもいいな〜とか、半同棲もアリじゃね? とか、あれこれ考えてたのに。
 洋が大学落ちたってことは……詰まるところ、遠距離恋愛確定だ。
 もう、脳内は大混乱ってもんで。
 
「お……おち……落ちたぁ!?」

 洋を気遣う言葉を発する前に、俺は素っ頓狂な声をあげてしまったのだった。