残念で残念で残念な天才検事と恋する事務官


「そりゃあ茨の道だね」

 と、同僚である瀬良桔平(せらきっぺい)は言った。

「そんなこと言われなくてもわかってる」

 オレは苛立ちながら枝豆を頬張った。

 花金――というのももう死語か――の居酒屋『光(ひかる)げんじ』は、不景気や物価高を物ともしないような客足で賑わっていた。

 本日は、ここ『光げんじ』で、事務官同士の愚痴り大会が開催されていた。

 オレの向かい側に腰かけた桔平の頬は、たった二杯半の発泡酒ですでに随分と紅潮していた。七〇〇円で酔えるだなんて、なんて安上がりなやつなのだ。素直に羨ましかった。幸か不幸か、オレはとんだザルなのだ。

「松波検事に惚れるなんてな、茨の道にも程があるっ て」

 あやしい呂律で断言し、桔平は梅たたききゅうりを爪楊枝でつつく。

「茨っつうか、もう自殺行為だね」マゾッホも真っ青だ、と続ける。

「言われなくても、わかってるっつうの」

 オレはグラスに残っていた酒をぐいと飲み干す。ああ、酔えない。くそう。

「わかってんだよ、そんなの……」
「なに、蓮ってソフトマゾ?」桔平が楽しげに言う。
「ソフトで済むならいいけどな」オレは目がしらを押さえる。

 空になった梅酒のロックのグラスをテーブルの隅に寄せ、ジョッキのバクハイを注文する。手っ取り早く酔うには、これしかない。 バクハイ一つ、と小さく手を挙げると、「はい、喜んでえ!」と店員が異様に張り切った声を出す。

「きっかけは何よ?」

 にやにやと口角を吊り上げ、桔平はスーツのネクタイを緩めた。さあ吐け、とでも言わんばかりだ。

「吐けば、楽になるわよ」

 性悪な笑みを口元に貼り付けたまま、彼は女声めいた高音の声を出す。彼が事務官を担当している、徳間絵里(とくまえり)検事の物まねのつもりだろう。断っておくが、まったく似ていない。

「吐いて楽になるのは、泥酔したお前ぐらいだろ」

 オレは皮肉りながらも、まだそう古くもない記憶の糸を手繰り寄せた。オレがあんな社会不適合者に惚れる羽目となった、おぞましい記憶の糸だ。

 話し相手は、今にもくだを巻きだしそうな酔っ払いだ。 時間軸が前後すれば混乱するだろうから――そうだな、一番はじめの出会いの場面から、順序を追って話すことにするか。


【続】