残念で残念で残念な天才検事と恋する事務官

 せっかくの貴重な休日だというのに、昨夜の一件のせいで、まったく熟睡できなかった。心臓は肋骨の下で、バクバク、ドキドキ、と夜通しどんちゃん騒ぎを続けていた。

 結局、朝の六時頃には目が覚めてベッドを出る羽目になった。くそう、これじゃ、平日の起床時間とほとんど変わらないじゃないか。

 ベスが喜んでオレの後ろをついてきた。まず、腹をすかせているベスに餌をやった。

 簡単に顔を冷水で洗い、昨日の夕飯時にでた洗いものをやっつける。米を研いで炊飯器のスイッチを入れ、昨日スーパーで買っておいた鮭を、魚焼きグリルに並べて焼いた。顆粒の本だしと味噌を鍋に溶かし、乾燥わかめを放り入れ、即席の味噌汁も作っておいた。

 朝食の準備を手早く済ませ、寝室のほうを見遣った。検事は、まだしばらくは起きないだろう。根拠のない予測だったが、自信はあった。休日まで早起きし、早朝にジョギングに出かけるようなタイプには到底見えない。

 オレはエプロンを外し、私服がないので、やむなくスーツに着替えた。近くの、二十四時間営業のレンタルショップに向かうため、外に出る。

 歩いて五分程度の場所にあるレンタルショップで、悩んだ末、気になっていた『メトロ』という映画を借りた。ストーカー被害に遭った初日の夜、テレビで放映されていたものだ。

 レンタルショップを出て、マンションに向かって帰る道すがら、何度もあくびが出た。昨晩の浅い眠りのせいだろう。検事のせいだ。

「……大体、検事があんな――」

 昨夜の、ベッドの内部の光景を思い出す。するとまた、ドクリ、と胸の真ん中が疼いた。 進めていた足を止める。

「び、びっくりしただけだ」

 検事があんな、柄にもないことするから、びっくりしたんだ。それだけだ。

「あー、鬱陶しい!」

 周囲に誰もいないのをいいことに、声に出して小さく叫んだ。

 検事のマンションはプッシュボタン式のオートロックだったが、昨日と一昨日、検事がナンバーを押すのを見ていたので、難なく家に入ることができた。

 ドアを後ろ手で閉めるのと同時に、もう一つ、あくびが出た。検事のせいだ。

「君のせいだ」

 リビングに入ると、予想に反して、検事が起床していた。帰宅したオレを、鋭い眼光で睨みつけている。

 検事と目が合うと、ドクリ、と性懲りもなく心臓が悲鳴をあげた。

「お、おはようございます」
「君のせいだ」検事は繰り返した。「君が起きたから、ベスも起きた。ベスが起きたから、俺を起こしに来た」
「か、飼い主思いの犬ですね」

 オレは下手くそな愛想笑いをする。

「普段なら、俺が起きない限り、ベスも静かに眠っているんだ」
「はあ、そうなんですか、それはそれは」

 いちいち、彼の不平不満に付き合ってはいられない。

「朝ご飯、できてますよ。顔洗ってきてください」

 検事は不貞腐れていたが、オレが促すと素直に洗面所へ向かった。子どもか、とオレは噴き出す。

 冷めてしまっただろう味噌汁を温め直すために、コンロの火をつけた。