残念で残念で残念な天才検事と恋する事務官

 左側の運転席で、パスタが食べたい、と検事が駄々をこねた。

「君、作れるか?」

 右側の助手席、というものにまだ耐性がないオレは、落ち着いて座っていられない。

「え、まあ、簡単なものなら」

「トマト味がいい」と言って、右折を示すウインカーを出す。 右は検事の家ではなく、スーパーのある方角だ。オレに作らせるつもりであることは、検事がパスタをねだった瞬間からわかっていた。

 検事の目論見、というか魂胆は、なんとなく理解できてきた。もちろん、ストーカーなど無関係だ。

 今朝、オレが朝食の用意をしたり、ワイシャツのアイロンをかけたりしてやったことに、検事は味を占めたのだ。こりゃお手軽な家政婦だ、とでも思っているのだろう。オレをタダ働きさせようとしている。

 まあいいか、とオレは革張りの背もたれに身を預けた。数日くらいなら、タダ働きしてやってもいい。検事には、ストーカーの件で貸しもある。かえって、お礼を考える手間が省けたくらいだ。

 大型食品スーパーの駐車場に、器用なバック駐車でアウディが停車する。駐車場内は混み合っていたのに、幸運にも入り口近くに停めることができた。

「トマトと、パスタの麺だけ買えばいいか?」

 馬鹿なこと言わないでください、とオレは呆気に取られる。

「検事の家には、オリーブオイルもにんにくも、鷹の爪もないんですよ」
「そんなに色々必要なのか」
「あれ、検事、ここ障害者用の駐車スペースですよ」

 車から降りて気がついた。どうりでこの混み具合のわりに、店舗入り口から近い場所が空いていたはずだ。

「移動させないと」
「誰しも、心になんらかの障害を抱えているものだ」

 気にも留めずに店内へ入っていく。 うそだろ、とオレは愕然とする。大丈夫か司法国家、と再度国土へ問いかけた。

「駄目ですよ、あそこのスペースは」

 検事の後を追いかけ、オレは持ち前の正義感を振りかざす。

「本当に必要としている人が来たら、どうするんです」
「障害者用のスペースは、まだ二つもあった」

 検事は面倒くさそうな顔をした。

「それでも駄目です、集団で来るかも」

 自分で言いながらも、障害のある方の集団とはどんなものだろう、と思った。

「検事、聞いてます?」
「君はベスよりうるさいな」

 片耳を人差し指で塞ぐような仕草をしている。

「オリーブオイルとはこれのことか?」

 と検事は商品を買い物籠に投げ込んだ。それはサラダ油です、とオレが商品を棚に戻す。

「六法全書には、サラダ油もオリーブオイルも同じだ、と書いてあるぞ」

 検事はまた、面倒くさそうな顔をした。

「最近の六法全書には、そんなことまで書いてあるんですか。マチュピチュの謎の真相もそこに書いてあるんでしょうね」

 オレは顔をしかめる。近頃は、皮肉に対して皮肉で返す、という技を会得してきた。

「違うというのなら、二つの油の異同はなんだ」
「さあ」正直、オレも違いはよくわからない。「でも、パスタにはオリーブオイルなんですよ」
「横暴だな」

 お前がな、と舌の根まで出かかった台詞を、辛うじて飲み下した。

 さっさと買い物を済ませて、あの障害者用スペースから車を退けなければいけない。オレは買い物籠を検事から奪い取り、「検事はレジのところで待っていてください」と指示し、駆け出した。昔から、通知表にはよく「蓮君は、正義感が人一倍強い子です」と書かれたものだ。