神様の恋煩い

水瀬(ミナセ)が息を引き取ったという話は、秘密裏に、だがあっという間に村中に知れ渡った。
 それは一大事だった。都の後宮から、次代の巫女を差し出すようお達しが来ていた。村では、水守の血を引く娘たちの中から水瀬を選んだ。 
 水瀬の名を記した返書も、すでに都へ送ってしまっている。もう間もなく、後宮から迎えが来る。

 後宮へ差し出す巫女を死なせたとあっては、村にどんな咎が申し渡されるかしれない。村人たちが寄り合いで出した結論は、極秘で身代わりを立てること。もう、目星はついていた。

 瀬織(セオリ)。この娘には身寄りがなかった。

 都へ行き後宮の巫女となる。しかも身代わりで。バレたらそこで命はないだろう。
 瀬織は村長のもとへ連れてこられた。主だった村人が、瀬織を待ち受けていた。

「水瀬はどうして死んだんですか」

「急な病だった。かわいそうに」

「それでお話ってなんですか」

 瀬織には、もう察しはついていた。

「言いにくいことなんだが、水瀬の代わりに後宮へ入ってほしい」

「はあ……」

「後宮へ入れば衣食住には困らないし」

「はあ……」

「水瀬として大人しくしていればいいから」

「なぜ、私が水瀬にならなければいけないんですか。別の巫女を出すことにした、と伝えればいいでしょう」

「もう水瀬の名で返事を出してしまった。今さら死んだとは言えん」

「だから、私を水瀬にするんですか」

 村長は答えなかった。周りの者たちも、瀬織と目を合わせようとしない。

 なるほど。水瀬の死を隠すだけではない。村人たちは、身代わりが露見したときの罪まで瀬織一人に背負わせるつもりなのだ。それに、水瀬の死について、まだ何かを隠しているようにも見えた。

「わかりました」

 ここで断ったところで、逃げても追われる。拒絶すれば、村の中で生きられない。ならば都へ行き、生き残る方策を練るしかない。

「立派に水瀬の代わりを務めます。水瀬も悔しかったと思うし」

 ──後宮に行けば、会える!!

「あ、でも! 条件をいくつか出してもいいですか」

「条件?」

「はい。水瀬の持ち物をすべて渡すこと。後宮から届いた書状を見せること。水瀬が死ぬ前に会った者を教えること。それから、私一人に罪を押しつけないと誓うこと」

「なんだって!?」

「嫌なら、私は行かないだけです。私を縛って、輿にでも放り込んでください。後宮へ着いたら全部話しますけど」

 その場に居合わせた者たちは皆顔をしかめた。
 結局、村長は条件をのんだ。

 水瀬の家から衣や櫛、履物などが運び込まれた。一通り調べたが、不審な物は見つからない。
 次に、後宮から届いた書状を開く。届いたのは、水瀬が死ぬ数日前だった。

『村に連なる水守の血より、次代の巫女一名を差し出されたし』

 瀬織は二度読み返した。
 水瀬の名はない。選んだのは、村人たちだ。

「水瀬が死ぬ前に、最後に会ったのは、誰ですか」

 誰も答えようとしない。
 瀬織が一人ずつ顔を見ていくと、後ろにいた少女と目が合った。その途端、少女は袖口から覗いていた飾り紐を慌てて押し込んだ。

「今、隠した物を見せてください」

「な、何も」

「水瀬から預かった物なら、それも水瀬の持ち物です。全部渡すという約束でしたよね」

 瀬織が村長を見ると、村長は苦い顔で少女に頷いた。少女が、おずおずと巾着袋を差し出す。

「亡くなる前の日に、水瀬から預かりました。誰にも渡すなと言われて」

 瀬織は巾着の中を調べた。水晶の耳飾りが入った小袋の底に、折り畳まれた小さな紙切れがある。開くと、水瀬の字で一言だけ書かれていた。

『選ばれたのは、私ではない』

 水瀬は、何かに気づいていた。
 そして、この言葉を託した翌日に死んだのだ。水瀬の死は、単なる急死ではないのかもしれない。

 後宮の巫女になれば、いつかは必ず気吹(イブキ)にも会える。

 気吹。暦主に選ばれ連れ去られ、もう随分と経つ。

 一生会うことは叶わないと思っていた。だが、歯車は動いた。

 ──水瀬には申し訳ないけれど、死んでくれてありがとう、だ

 そういう瀬織だとて、怖くないわけではなかった。腹も立っていた。身支度を整え、水瀬の家で待つ。
 自分が同じように死なないためにも、水瀬の死の原因を突き止めなければならない。

 村人たちが固唾を飲んで見守る中、瀬織は後宮からの使いに付き添われ輿に乗って村を後にした。都へ近づくにつれ、現在の暦主についての噂も耳にするようになった。

 暦主、気吹。神の器として国の季節と水の巡りを司る男。

 滅多に笑わず、規則を破った者を容赦なく罰する。二十四人もの巫女を名前ではなく節気の役目で呼ぶ。誰かが泣いても表情一つ変えず、国のためなら身近な者も切り捨てる。人の心を失い、すでに神となっているとも聞く。

 瀬織は、気吹と同じ名の別人ではないかと思ってしまう。

 自分の知っている気吹は、いつも大きな口を開け笑っていた。自分の後を追い、同じことをしようとして失敗すると泣いていた。

「瀬織! 待ってくれよう!」

 そう言って後ろから飛びついてくる気吹が、可愛かった。噂を聞くたび、幼い日の気吹が鮮明に蘇った。

 二人だけが辿り着くことのできる、小さな滝と清水の滝壺。

 あの頃の気吹は、瀬織のほとんど言いなりだった。瀬織が向こう側を見に行こうと言えば、危なかろうがついてくる。瀬織が木に登れば、下で心配しながら待ち、足を滑らせれば、自分が泥だらけになってでも受け止めようとする。
 瀬織が村の子供と喧嘩するときは、決まって気吹のことだった。

「気吹をいじめる奴は出てこい!」

 瀬織にも悪いところはあったろうが、気吹は最後まで瀬織の隣にいた。

 傷ついた小鳥を見つければ、帰りが遅くなるのも構わず手当をする。食べ物を持たない子がいれば、自分の分を渡してしまう。瀬織は、そんな気吹の優しさと素直さが大好きだった。ただ、同時にずっと心配していた。
 気吹は村のためだ、皆のためだと言われたら、自分が傷ついても従ってしまうのではないかと。

 そして実際、気吹は神託を理由に連れていかれた。

 瀬織の乗る輿が止まった。輿を降りて見上げると、巨大な後宮の門がそびえていた。

 ──気吹に会いたい!!

 その想いが募るばかりの道中だった。しかし、自分の知っている気吹がもういないのなら、会うのが怖い。

 それでも瀬織は、水瀬の名札を握って門をくぐった。