国内一の難関私立中学に一発合格。国内一の難関私立高校を首席で卒業。国内一の難関国立大学に現役合格、さらに首席で卒業。大学在学中に司法試験予備試験に合格し、その資格で司法試験を一発合格。
現在は、法曹界屈指の天才検事として注目を浴び、その期待を裏切らない、面目躍如・八面六臂の活躍を見せている。
彼の肩書きは、ざっとこんな感じだ。
そこ退けそこ退け、エリート街道ばく進中。やりたい放題し放題。庶民としては、羨望や尊敬よりも溜息が先に出る。
「失恋だな?」
彼はそうオレに問いを投げかけ、口の端を卑しく吊り上げた。
超のつくエリート様であっても、他人の不幸に蜜の如き甘みを感じることに変わりはないらしい。オレに言わせてもらえば、彼は、高学歴と人格者がノットイコールであることの証明みたいな人物でもある。
「俺がそう推測する根拠は二つある。ひとつ、」
「失恋じゃありません」
「うるさい。ひとつ、」
彼は原則として人の話を聞かない。
「そのアヒルの腹のように腫れた瞼、そして目の下の隈。明らかに夜通し泣いていた顔だ」
「それより早く次の被疑者を」
「ふたつ、」
彼は原則として自分の欲求を優先する。
「君がいつもカバンにぶら下げていたお守りが、今日は無い。『恋愛成就』と書かれた、あのお守りだ」
あれは友達から貰った土産だから仕方なくつけていたのだ、とは、言わない。そう弁解したところで、話がややこしくなるだけだ。
松波理人(まつなみりひと)検事は、人が触れてほしくないデリケートな部分に、なんの躊躇いもなく言及してくる。そのことについて、彼は天才だ。人の傷口に、あそこまで平然と塩を揉みこむことができる奴は、そういない。ともかく、自分の知識欲さえ満たせれば、他人の迷惑などお構いなしなのだろう。
「失恋だ。なあ、そうだろう」
本当にもう、うるせえ奴だな。
この話題はできるだけ、長引かせたくなかった。
「失恋だったら、なんですか?」オレは声に怒気を孕ませる。 「松波検事に関係ありますか?」
彼は顎に手を当て、暫しの黙考ののち、
「……無いな」と呟いた。 そうです、とオレは淡々と言葉を継ぐ。
「あなたには関係ありません」
「今日は普段以上に、君は俺に冷たいな」
「別に、普通です」
「これも失恋と関係があるのか?」
「……あるわけないでしょう」
次の被疑者を呼んできます、とオレは席を立った。
「鈴元健太(すずもとけんた)。一九九八年一月四日生まれ。本籍地はつくば市」
手錠をかけられたままの被疑者が、淡々と口を開く。両耳に六つ、唇と鼻には一つずつピアスがついている。顔に穴をあけることがそんなに楽しいのだろうか、とオレは首を傾げる。
髪は短髪で、金と赤のツートーンでカラーリングされている。腕には趣味の悪い刺青。まあ要するに、いかにもチンピラ、という風情の青年だった。
身体は小柄で、どちらかといえば華奢なほうだ。ごついピアスや刺青を見せびらかすことで、その細身の身体を武装しているのだろう。猫が威嚇の際に毛を逆立てるように。
被疑者が氏名、生年月日、本籍地を述べ終えると、松波検事は警察から送られてきた調書に目を落とした。
「被疑者は、二〇一〇年七月二十八日水曜日、午後三時頃、 ――区の路地で、会社員の佐藤学(さとうまなぶ)さん三十一歳が持っていた、現金二十万円の入ったトートバッグを奪い、そのまま逃走。身体がぶつかった拍子に佐藤さんは転倒し、右ひざを負傷。被疑者は、二十九日午前十一時に、九段下警察署に自ら出頭、と」
抑揚のない声で検事が調書を読み上げる。オレがそれに続いた。
「調書の内容に、間違いありませんか」
「ねえよ」
鈴元はぶっきらぼうに答える。取り付く島もないとはこのことだ。
「今そいつの言ったとおりだ」
そう言って、検事を指差す。
「俺に指をさすな」
検事は眉を顰める。
「何故、出頭した?」
「自首しちゃわりーのかよ」
「出頭と自首は意味が違うんだ。警察はすでにお前を被疑者として特定していた。だから、お前が自分から来たところで、自首にはならん」
検事は忌々しげな口調で言い募る。
「面倒だからいちいち説明しないが。お前の場合は『出頭』だ。自首と言い直すな、素人が」
「検事」
オレは語気を強め、咎める。
なんだよこの検事、と被疑者は舌打ちし、
「別に、反省しただけだよ。悪いことしたと思ったから、じ――シュットウした」
「それ以前に、お前にはもっと反省すべき点がいくつもありそうだがな」
「松波検事」検事のほうを睨む。
「まずは親不孝を猛省しろ」
「検事っ」更に語気を強める。
「オイ姉ちゃん、なんなんだよこの検事」と、鈴元。
「オレは男だ!」
できることなら、二人まとめて部屋から追い出してやりたい。
脱線した話を元の線路に戻すのは、いつだってオレの役割だ。
「ともかく、被疑者は罪を認めていますが、ほかの証拠関係も確認したほうがいいですね」
「目撃者は?」
検事はオレに問うてくる。聞く前に調書を読めよ、とは言わない。
「いえ……人通りの少ない路地でしたから」
「一人も? こんなに目立つ容貌なのにか? 赤と金の頭なんか、一度見たら夢にまで出そうだが」
「被疑者は事件当時、帽子を被っていたようです」
「……なるほど」
検事は激甘のコーヒーを一口すすると、被疑者の頭頂部から足の先まで、舐めるように見回した。
「もやしだな、お前」
なにを、言い出すのかと思えば。
「女にモテないだろう」
鈴元のこめかみに青筋が浮き出る。
「なんだと、てめえッ」
「検事!」本日最大の声量だった。
「どうして彼を狙った? 佐藤学を」
「別に、理由はねえよ。目に付いただけだ」
「また、『別に』か。口癖か、それ?」
なんなんだよ、うるせえんだよ、と被疑者の苛立ちは積もっていく一方のようだ。無理もないだろう。同情する。
「実際、佐藤さんと被疑者に面識はありませんでした」
「そうか」
検事は呟き、再びコーヒーに手を伸ばす。なんだか、釈然としない。そういう顔をしている。
こりや捜査に出るつもりだな、とオレは気が重くなる。今日中に処理しなければいけない案件が、まだ山のようにあるのに。
認めてるんだし、起訴でいいじゃん……そうは思うが、そんな口をきく権利は事務官にはない。
***
外に出る、と検事が言い放った瞬間、オレの残業が決定した。
松波検事の担当事務官となって、早半年。「他の案件はどうするつもりです」などと言い返す気力は、もはや残っていない。反論したところで、どうせ無駄だ。そういうやつなのだ、こいつは。
玄関へ向かう検事を、後ろから小走りで追いかける。
「事件現場を見に行くつもりですか?」
「ストリップショーに行くと思うか?」
小癪な皮肉はスルーする。これくらいは慣れっこだ。
「現場は、既に警察が捜査しました」
「どうして男を狙ったと思う」
「え?」
早足で歩きながらの会話は、息が切れる。
「あのチンピラは小柄で、見るからにひ弱だ。それなのに、どうしてわざわざ成人男性を狙った?」
「だから、理由なんて無いって言ってたじゃないですか」
ついでに、堪忍袋の緒も切れそうだ。
「いや、不自然だ」断固として言い切りやがる。「女性や高齢者なら、理解もできるが」
「それはそうかもしれませんけど」
「不自然な事象には、理由が無ければおかしい」
そんな世の中、理屈だけで出来ているわけじゃないんだからさ――それにあいつ、見るからに頭悪そうだし、無謀そうだし――とは、言わない。
検事の目が鋭く正面を見据えている。こういうときの検事は、真剣だ。真剣な彼は、決して間違わない。悔しいけれど。
ひとつ大きな溜息とともに、腹をくくる。
「……わかりました、」
残業だって、もうなれっこだ。
「行きましょう、事件現場へ」
現在は、法曹界屈指の天才検事として注目を浴び、その期待を裏切らない、面目躍如・八面六臂の活躍を見せている。
彼の肩書きは、ざっとこんな感じだ。
そこ退けそこ退け、エリート街道ばく進中。やりたい放題し放題。庶民としては、羨望や尊敬よりも溜息が先に出る。
「失恋だな?」
彼はそうオレに問いを投げかけ、口の端を卑しく吊り上げた。
超のつくエリート様であっても、他人の不幸に蜜の如き甘みを感じることに変わりはないらしい。オレに言わせてもらえば、彼は、高学歴と人格者がノットイコールであることの証明みたいな人物でもある。
「俺がそう推測する根拠は二つある。ひとつ、」
「失恋じゃありません」
「うるさい。ひとつ、」
彼は原則として人の話を聞かない。
「そのアヒルの腹のように腫れた瞼、そして目の下の隈。明らかに夜通し泣いていた顔だ」
「それより早く次の被疑者を」
「ふたつ、」
彼は原則として自分の欲求を優先する。
「君がいつもカバンにぶら下げていたお守りが、今日は無い。『恋愛成就』と書かれた、あのお守りだ」
あれは友達から貰った土産だから仕方なくつけていたのだ、とは、言わない。そう弁解したところで、話がややこしくなるだけだ。
松波理人(まつなみりひと)検事は、人が触れてほしくないデリケートな部分に、なんの躊躇いもなく言及してくる。そのことについて、彼は天才だ。人の傷口に、あそこまで平然と塩を揉みこむことができる奴は、そういない。ともかく、自分の知識欲さえ満たせれば、他人の迷惑などお構いなしなのだろう。
「失恋だ。なあ、そうだろう」
本当にもう、うるせえ奴だな。
この話題はできるだけ、長引かせたくなかった。
「失恋だったら、なんですか?」オレは声に怒気を孕ませる。 「松波検事に関係ありますか?」
彼は顎に手を当て、暫しの黙考ののち、
「……無いな」と呟いた。 そうです、とオレは淡々と言葉を継ぐ。
「あなたには関係ありません」
「今日は普段以上に、君は俺に冷たいな」
「別に、普通です」
「これも失恋と関係があるのか?」
「……あるわけないでしょう」
次の被疑者を呼んできます、とオレは席を立った。
「鈴元健太(すずもとけんた)。一九九八年一月四日生まれ。本籍地はつくば市」
手錠をかけられたままの被疑者が、淡々と口を開く。両耳に六つ、唇と鼻には一つずつピアスがついている。顔に穴をあけることがそんなに楽しいのだろうか、とオレは首を傾げる。
髪は短髪で、金と赤のツートーンでカラーリングされている。腕には趣味の悪い刺青。まあ要するに、いかにもチンピラ、という風情の青年だった。
身体は小柄で、どちらかといえば華奢なほうだ。ごついピアスや刺青を見せびらかすことで、その細身の身体を武装しているのだろう。猫が威嚇の際に毛を逆立てるように。
被疑者が氏名、生年月日、本籍地を述べ終えると、松波検事は警察から送られてきた調書に目を落とした。
「被疑者は、二〇一〇年七月二十八日水曜日、午後三時頃、 ――区の路地で、会社員の佐藤学(さとうまなぶ)さん三十一歳が持っていた、現金二十万円の入ったトートバッグを奪い、そのまま逃走。身体がぶつかった拍子に佐藤さんは転倒し、右ひざを負傷。被疑者は、二十九日午前十一時に、九段下警察署に自ら出頭、と」
抑揚のない声で検事が調書を読み上げる。オレがそれに続いた。
「調書の内容に、間違いありませんか」
「ねえよ」
鈴元はぶっきらぼうに答える。取り付く島もないとはこのことだ。
「今そいつの言ったとおりだ」
そう言って、検事を指差す。
「俺に指をさすな」
検事は眉を顰める。
「何故、出頭した?」
「自首しちゃわりーのかよ」
「出頭と自首は意味が違うんだ。警察はすでにお前を被疑者として特定していた。だから、お前が自分から来たところで、自首にはならん」
検事は忌々しげな口調で言い募る。
「面倒だからいちいち説明しないが。お前の場合は『出頭』だ。自首と言い直すな、素人が」
「検事」
オレは語気を強め、咎める。
なんだよこの検事、と被疑者は舌打ちし、
「別に、反省しただけだよ。悪いことしたと思ったから、じ――シュットウした」
「それ以前に、お前にはもっと反省すべき点がいくつもありそうだがな」
「松波検事」検事のほうを睨む。
「まずは親不孝を猛省しろ」
「検事っ」更に語気を強める。
「オイ姉ちゃん、なんなんだよこの検事」と、鈴元。
「オレは男だ!」
できることなら、二人まとめて部屋から追い出してやりたい。
脱線した話を元の線路に戻すのは、いつだってオレの役割だ。
「ともかく、被疑者は罪を認めていますが、ほかの証拠関係も確認したほうがいいですね」
「目撃者は?」
検事はオレに問うてくる。聞く前に調書を読めよ、とは言わない。
「いえ……人通りの少ない路地でしたから」
「一人も? こんなに目立つ容貌なのにか? 赤と金の頭なんか、一度見たら夢にまで出そうだが」
「被疑者は事件当時、帽子を被っていたようです」
「……なるほど」
検事は激甘のコーヒーを一口すすると、被疑者の頭頂部から足の先まで、舐めるように見回した。
「もやしだな、お前」
なにを、言い出すのかと思えば。
「女にモテないだろう」
鈴元のこめかみに青筋が浮き出る。
「なんだと、てめえッ」
「検事!」本日最大の声量だった。
「どうして彼を狙った? 佐藤学を」
「別に、理由はねえよ。目に付いただけだ」
「また、『別に』か。口癖か、それ?」
なんなんだよ、うるせえんだよ、と被疑者の苛立ちは積もっていく一方のようだ。無理もないだろう。同情する。
「実際、佐藤さんと被疑者に面識はありませんでした」
「そうか」
検事は呟き、再びコーヒーに手を伸ばす。なんだか、釈然としない。そういう顔をしている。
こりや捜査に出るつもりだな、とオレは気が重くなる。今日中に処理しなければいけない案件が、まだ山のようにあるのに。
認めてるんだし、起訴でいいじゃん……そうは思うが、そんな口をきく権利は事務官にはない。
***
外に出る、と検事が言い放った瞬間、オレの残業が決定した。
松波検事の担当事務官となって、早半年。「他の案件はどうするつもりです」などと言い返す気力は、もはや残っていない。反論したところで、どうせ無駄だ。そういうやつなのだ、こいつは。
玄関へ向かう検事を、後ろから小走りで追いかける。
「事件現場を見に行くつもりですか?」
「ストリップショーに行くと思うか?」
小癪な皮肉はスルーする。これくらいは慣れっこだ。
「現場は、既に警察が捜査しました」
「どうして男を狙ったと思う」
「え?」
早足で歩きながらの会話は、息が切れる。
「あのチンピラは小柄で、見るからにひ弱だ。それなのに、どうしてわざわざ成人男性を狙った?」
「だから、理由なんて無いって言ってたじゃないですか」
ついでに、堪忍袋の緒も切れそうだ。
「いや、不自然だ」断固として言い切りやがる。「女性や高齢者なら、理解もできるが」
「それはそうかもしれませんけど」
「不自然な事象には、理由が無ければおかしい」
そんな世の中、理屈だけで出来ているわけじゃないんだからさ――それにあいつ、見るからに頭悪そうだし、無謀そうだし――とは、言わない。
検事の目が鋭く正面を見据えている。こういうときの検事は、真剣だ。真剣な彼は、決して間違わない。悔しいけれど。
ひとつ大きな溜息とともに、腹をくくる。
「……わかりました、」
残業だって、もうなれっこだ。
「行きましょう、事件現場へ」



