100万円は無駄じゃなかった

ある日のレッスン終わり。

「お疲れー」
「お疲れ様ー」

メンバーはみんな疲れ果ててクタクタ。

今日は新曲の振り入れをした。私はなかなか覚えられなくて、振付師さんに何度も厳しく怒られた。要領が悪い自分に嫌気が差したし、割とメンタルが削られた。

アイドルって楽しいだけじゃなくて、辛い事もたくさんある。

それでもファンの方達の笑顔を見ると、
“これからも頑張ろう”
“絶対みんなを幸せにするぞ”
って思える。

私をここまで変えてくれたのは紛れもなく飛月くんだし、やっぱり飛月くんに100万使った事は無駄じゃなかったと思いたい。後悔はしてない。

「ねえねえ、みんな今からうち来ない?正月の餅が大量に余ってるから、お餅パーティーしよ!」

青色担当の ゆうなさんが、メンバー全員を誘ってくれた。ゆうなさんは初期メンバー。私より年上で、先輩。

「え、行きたいですー!」

私はまだ他のメンバーと完全に打ち解けてなくて、でも、同じグループなんだからもっと仲良くなりたいとは思っている。

だからお餅パーティーに参加する事にした。

・

メンバー全員でゆうなさんの自宅にお邪魔した。

一人暮らしかと思っていたけれど…。

男物の靴があるし、歯ブラシも2本あるし、ボクサーパンツが床に落ちてるし…。

…ゆうなさん、絶対彼氏と同棲してる…。

触れてはいけないと思って私は触れなかったけど…。

「ゆうな、彼氏いるんだ?」

ゆうなさんと同じ初期メンバーの あやねさんが触れた。しかも、怒っている感じではなく、軽い感じで…。

「そー!同棲してるのー!向こうもアイドルやっててさー!」

あっさり認めた…。しかも向こうもアイドルって言っちゃってる…。せめて隠しなよ…。あの時の飛月くんみたいになるよ…。

「へー!向こうも地下?」
「ううん、地上!」
「おー!凄いですね」
「でも、地上だけど全然有名じゃないよ」

みんな ゆうなさんの話に興味津々。

私は正直、ゆうなさんに失望した。ファンの方達が嫌がるような事をしている。しかも、それを私達メンバーに隠さない。誰かがバラすリスクもあるのに。プロ意識がないと思う。ゆうなさんも、ゆうなさんの彼氏も。

すると、ガチャリと玄関の扉が開く音がして、足音が近づいてきた。「ただいまー」という声も聞こえてきた。恐らく ゆうなさんの彼氏だろう…。

「あ、郁也(いくや) 帰ってきた」と、ゆうなさんは呟いた。

…郁也…?

地上アイドルで、でも知名度は低くて、名前は郁也…。

「あ、こんにちはー!はちみつミラーの郁也でーす!」

…まさかとは思ったけど…。
ゆうなさんの彼氏は、はちみつミラーの郁也くんだった。つまり、飛月くんと同じグループのメンバー…。
飛月くんだけじゃなくて、郁也くんも彼女いたなんて…。

「え!こんにちは!ゆうなさんの彼氏って、はちみつミラーの郁也さんだったんですか!?びっくり!」
「いつから付き合ってるんですかあー?」
「てか、どうやって繋がったんですかー?」

女子達が騒いでいると、郁也くんの後ろから複数の足音が聞こえてきた。

「あ、メンバー全員連れてきたから。みんなで餅パーティーやろー!」と、陽気な郁也くん。

…はちみつミラーのメンバー全員が上がってきた…。

もちろん飛月くんもいる。でも、なんだか気まずくて、目を合わせられない…。

「こんにちはー!」
「なんか、お餅パーティーやるんですよね?」
「郁也に誘われたからさー!」
「楽しそうじゃん、ちょうどお互い6人ずついるし!」
「よろぴくー」

メンバー全員が挨拶をすると、女子は私以外全員テンションが上がっていた。

「うわーん!嬉しい!」
「よろしくお願いします!」
「え、郁也さん以外は彼女いるんですかー?」
「いない。郁也以外は全員フリー!」

…郁也くん以外は全員フリー…?
って事は、飛月くん、あの時の彼女とは別れたのかな…?

にしても、みんなテンション高くて合コンみたいになってる…。ありえない。信じられない。みんなプロ意識なさすぎ…。

でも、私はみんなとは違うから。ファンの方達が嫌がるような事はしない。だって私はアイドルだから。



「…まゆかちゃん…だよね?」



約半年ぶりに聞いたその声…。

紛れもなく泉原飛月。私の大好きだった人。

声を聞いてしまった。顔も見てしまった。私の心は揺らいだ。

「…え、あ、うん…」
「やっぱり まゆかちゃんだよね!?久しぶり!なんか急に来なくなって寂しかったけど、そっか、アイドルになってたんだ…」
「う、うん…」

“まゆかちゃん”

飛月くんは私の名前を覚えてくれていた。

約半年ぶりなのにまだしっかり覚えてるなんて、やっぱり飛月くんって凄いな。天才アイドルだな…。

しかも、相変わらず顔が良い。好み。ドストライク。いい匂いがする…。

…いやいや!駄目だ駄目だ!
私は まゆかじゃない!泉野まき!アイドルなんだから!

「まゆかちゃん」

…あー…。駄目。やめて。そんな優しい声で名前呼ばないで。優しく微笑みながら真っ直ぐ私を見つめないで…。



「実は俺、まゆかちゃんが初めて俺に会いに来てくれた日から、ずっと まゆかちゃんのこと可愛いって思ってたんだよね」



え?

これって営業ですか?

でも今は特典会じゃないし、仕事中じゃないよね…?



「まゆかちゃん。連絡先交換しよ?」



私の耳元に飛月くんの声が響いた。



それに対し、私は即答した。

迷いがなかった。



「うん。もちろん。交換しよ」



17歳。

やっぱり推しには勝てなかった。



私は推しと繋がった。

馬鹿みたいに100万貢いだ推しと。



でも…。



あの時、飛月くんに100万貢いだ事、

やっぱり無駄じゃなかったね。






終