サウナの後は、近くにあるエスニック料理屋に行った。
ここも、先輩がよく行くお店らしい。
裏通りにあって、控えめな看板が出ているだけの、こぢんまりとした店だった。
異国情緒のある内装と、柔らかな照明。
テーブル席はそれぞれ仕切られていて、ほどよく周囲の視線を遮ってくれる。
先輩オススメのガパオライスと、それぞれ好きなドリンクを注文した。
サラサラの洗い髪で、黒縁メガネをかけた完全OFFモードの先輩が爽やかすぎて、サウナでのセクシーモードの先輩とは別人みたいだ。
さっきのキスの余韻が身体の奥に残っていて、先輩にもっと触れたいと思う反面、その先を知ることに怯えている自分もいる。
そんな胸の内を悟られないよう、あえて差し障りのない話題を口にした。
「サ飯って、最近よく聞きますけど、ふつうの食事と何が違うんですか?」
「うーん、サウナでエネルギー消費して空腹感が増すとか、味覚が敏感になるとか言われてるけど。
オレは単純に、サウナ行ってうまい飯食って帰る、っていう一連の流れが気に入ってるんだよね。
ゴルフも、ただコース回るだけじゃなくて、自然の中でリフレッシュして、飯食って…までが楽しいらしいじゃん。そんな感じ?
ゴルフやったことないから知らんけど。」
「俺もゴルフやったことないですけど、言ってることは何となくわかります(笑)
先輩のライブの後、みんなでワイワイ感想を語り合う時間も、すっごく楽しかったんで。
推し活って、色んな楽しみ方があるんだなって学びました。」
「マジメか(笑)
まあ、八神が楽しかったのなら、良かったよ。
その場にオレいなかったのが悔しいけど。」
「あの場に先輩いたら、それはもうお茶会ですよ。」
「なにそれ。」
「母が宝塚にハマってるんですけど、ファンミーティングのことをお茶会って言うらしいです。」
「へぇ。
界隈によっていろんな言い方があるんだな。」
推し活談義に花を咲かせていたところに、ガパオライスが運ばれてきた。
正直、サウナ直後はそこまで食欲を感じていなかったが、いざ目の前に料理が運ばれてくると急に空腹感が押し寄せてきた。
ガパオライスの上に乗った、目玉焼きの黄身を潰すタイミングを考えながら、ひとさじすくって口に入れた。
甘辛いタレとバジルの風味が口いっぱいに広がり、思わず笑みがこぼれた。
「ガパオライスって、俺、中学生の時ぶりですけど、めちゃくちゃ美味いですね!
やっぱ、サウナ後ってことも関係してるのかな?」
「八神、そこは、『先輩と一緒だから』って言うとこだろ。」
「あ」
俺としたことが、ガパオライスの美味さに気を取られて、二人の間のお約束の流れを無視してしまった。
「えと、このガパオが、こんなに美味いのって、矢野先輩と一緒に食べてるからなんでしょうね!」
「遅いって(笑)
…オレ、ガパオライス食べると、亡くなったばーちゃんのこと思い出すんだよな。」
「よく作ってくれたんですか?」
「いや、子供の頃、ばーちゃんちの近くにあるお店で、初めてガパオライス食べて。
でもその頃はパクチーが苦手でさ、いちいち避けてたら、ばーちゃんが笑いながら食べてくれた。」
「好き嫌いするなって、怒られたわけじゃないんですね。」
「オレに甘々だったから。
いつも優しくて、大好きだったよ。
なんなら芸能人になることを決めたのも、ばーちゃんが関係してるし。」
「あ、それ、ずっと聞きたかったです。
先輩はどうして芸能人になることを決意したんですか?」
先輩は、時々、おばあさんのことを懐かしむように、ゆっくり話してくれた。
「ばーちゃん、結構苦労人でさ。
うちの親がまだ学生の頃にじーちゃんが亡くなって、ずっと女手一つで家族を養ってくれて。
でも、そんな苦労を感じさせないくらい、明るくて可愛らしい人だったよ。」
先輩はスマホの画像フォルダに保存してあった、おばあさんの写真を見せてくれた。
笑顔が素敵な、穏やかそうな人だった。
「すごく好きな俳優さんがいてさ、よく時代劇に出てる有名な人。
テレビでその俳優さんが出るたびに、目をキラキラさせて嬉しそうに見てた。
今思うと、そういう乙女心みたいなのが、若々しさに繋がってたのかなって思う。
オレのことも、『一織はきっと将来、テレビに出る人になって、みんなを幸せにできる。』って言ってた。
まあ、オレは芸能界に興味なかったからピンとこなくて、親バカっていうか祖母バカ?くらいに思ってたけど。」
そこで先輩は少しだけ言葉を切って、ジンジャーエールを飲み干した。
「でも、オレが高校入学した頃くらいから、だいぶ身体が弱くなって、認知症気味になったんだよね。
テレビに若くて背の高いアイドルが映ると、『一織がテレビに出てる。』って嬉しそうにしてるって、親から聞いてさ…
なんかいたたまれなくて。
もうあまり長くないって医者から言われてたから、オレ、ばーちゃんが生きているうちに本当にテレビに出てる姿を見せてあげたいって、思ったんだよね。
それに、好きな俳優さんの存在が、ばーちゃんの日常を明るくしてくれたみたいに、オレも誰かの救いになれたらいいなって、本気で思ったし。」
先輩は、自分自身の利益や欲求のために芸能人になることを決意したわけではなかった。
誰かを幸せにすることを、自分の生き方として選んだのだ。
そのことが尊くて、胸が熱くなった。
「先輩、好きです!大好きです!!」
「どうした、急に?!」
「先輩のおばあさん、きっと天国で喜んでますよ。」
「だとしたら、オレのファンの中で、最高齢かもな。
…もし、オレがこの先、仕事で悩むようなことがあったら、
ばーちゃんのこと思い出させて。」
「わかりました。
じゃあ、しんどい時は遠慮なく俺に話してください。」
俺は、心の底から、この人の力になりたいと思った。
「約束ですよ。」
ここも、先輩がよく行くお店らしい。
裏通りにあって、控えめな看板が出ているだけの、こぢんまりとした店だった。
異国情緒のある内装と、柔らかな照明。
テーブル席はそれぞれ仕切られていて、ほどよく周囲の視線を遮ってくれる。
先輩オススメのガパオライスと、それぞれ好きなドリンクを注文した。
サラサラの洗い髪で、黒縁メガネをかけた完全OFFモードの先輩が爽やかすぎて、サウナでのセクシーモードの先輩とは別人みたいだ。
さっきのキスの余韻が身体の奥に残っていて、先輩にもっと触れたいと思う反面、その先を知ることに怯えている自分もいる。
そんな胸の内を悟られないよう、あえて差し障りのない話題を口にした。
「サ飯って、最近よく聞きますけど、ふつうの食事と何が違うんですか?」
「うーん、サウナでエネルギー消費して空腹感が増すとか、味覚が敏感になるとか言われてるけど。
オレは単純に、サウナ行ってうまい飯食って帰る、っていう一連の流れが気に入ってるんだよね。
ゴルフも、ただコース回るだけじゃなくて、自然の中でリフレッシュして、飯食って…までが楽しいらしいじゃん。そんな感じ?
ゴルフやったことないから知らんけど。」
「俺もゴルフやったことないですけど、言ってることは何となくわかります(笑)
先輩のライブの後、みんなでワイワイ感想を語り合う時間も、すっごく楽しかったんで。
推し活って、色んな楽しみ方があるんだなって学びました。」
「マジメか(笑)
まあ、八神が楽しかったのなら、良かったよ。
その場にオレいなかったのが悔しいけど。」
「あの場に先輩いたら、それはもうお茶会ですよ。」
「なにそれ。」
「母が宝塚にハマってるんですけど、ファンミーティングのことをお茶会って言うらしいです。」
「へぇ。
界隈によっていろんな言い方があるんだな。」
推し活談義に花を咲かせていたところに、ガパオライスが運ばれてきた。
正直、サウナ直後はそこまで食欲を感じていなかったが、いざ目の前に料理が運ばれてくると急に空腹感が押し寄せてきた。
ガパオライスの上に乗った、目玉焼きの黄身を潰すタイミングを考えながら、ひとさじすくって口に入れた。
甘辛いタレとバジルの風味が口いっぱいに広がり、思わず笑みがこぼれた。
「ガパオライスって、俺、中学生の時ぶりですけど、めちゃくちゃ美味いですね!
やっぱ、サウナ後ってことも関係してるのかな?」
「八神、そこは、『先輩と一緒だから』って言うとこだろ。」
「あ」
俺としたことが、ガパオライスの美味さに気を取られて、二人の間のお約束の流れを無視してしまった。
「えと、このガパオが、こんなに美味いのって、矢野先輩と一緒に食べてるからなんでしょうね!」
「遅いって(笑)
…オレ、ガパオライス食べると、亡くなったばーちゃんのこと思い出すんだよな。」
「よく作ってくれたんですか?」
「いや、子供の頃、ばーちゃんちの近くにあるお店で、初めてガパオライス食べて。
でもその頃はパクチーが苦手でさ、いちいち避けてたら、ばーちゃんが笑いながら食べてくれた。」
「好き嫌いするなって、怒られたわけじゃないんですね。」
「オレに甘々だったから。
いつも優しくて、大好きだったよ。
なんなら芸能人になることを決めたのも、ばーちゃんが関係してるし。」
「あ、それ、ずっと聞きたかったです。
先輩はどうして芸能人になることを決意したんですか?」
先輩は、時々、おばあさんのことを懐かしむように、ゆっくり話してくれた。
「ばーちゃん、結構苦労人でさ。
うちの親がまだ学生の頃にじーちゃんが亡くなって、ずっと女手一つで家族を養ってくれて。
でも、そんな苦労を感じさせないくらい、明るくて可愛らしい人だったよ。」
先輩はスマホの画像フォルダに保存してあった、おばあさんの写真を見せてくれた。
笑顔が素敵な、穏やかそうな人だった。
「すごく好きな俳優さんがいてさ、よく時代劇に出てる有名な人。
テレビでその俳優さんが出るたびに、目をキラキラさせて嬉しそうに見てた。
今思うと、そういう乙女心みたいなのが、若々しさに繋がってたのかなって思う。
オレのことも、『一織はきっと将来、テレビに出る人になって、みんなを幸せにできる。』って言ってた。
まあ、オレは芸能界に興味なかったからピンとこなくて、親バカっていうか祖母バカ?くらいに思ってたけど。」
そこで先輩は少しだけ言葉を切って、ジンジャーエールを飲み干した。
「でも、オレが高校入学した頃くらいから、だいぶ身体が弱くなって、認知症気味になったんだよね。
テレビに若くて背の高いアイドルが映ると、『一織がテレビに出てる。』って嬉しそうにしてるって、親から聞いてさ…
なんかいたたまれなくて。
もうあまり長くないって医者から言われてたから、オレ、ばーちゃんが生きているうちに本当にテレビに出てる姿を見せてあげたいって、思ったんだよね。
それに、好きな俳優さんの存在が、ばーちゃんの日常を明るくしてくれたみたいに、オレも誰かの救いになれたらいいなって、本気で思ったし。」
先輩は、自分自身の利益や欲求のために芸能人になることを決意したわけではなかった。
誰かを幸せにすることを、自分の生き方として選んだのだ。
そのことが尊くて、胸が熱くなった。
「先輩、好きです!大好きです!!」
「どうした、急に?!」
「先輩のおばあさん、きっと天国で喜んでますよ。」
「だとしたら、オレのファンの中で、最高齢かもな。
…もし、オレがこの先、仕事で悩むようなことがあったら、
ばーちゃんのこと思い出させて。」
「わかりました。
じゃあ、しんどい時は遠慮なく俺に話してください。」
俺は、心の底から、この人の力になりたいと思った。
「約束ですよ。」

