悠真は、その場から動けなかった。
目の前の扉。
その向こうに、蓮がいる。
そう思うと、逃げることができなかった。
「蓮……」
扉に手を伸ばす。
冷たい。
まるで冬の外に置かれていたような冷たさだった。
ドアノブを握る。
――カチャ。
鍵は、かかっていなかった。
「……入るぞ」
誰に言うでもなく呟いて、扉を開けた。
その瞬間。
廊下の空気が変わった。
扉の向こうには、教室があった。
古い机と椅子。
黒板。
教卓。
窓。
どこにでもある普通の教室だった。
ただ一つだけ、おかしい。
窓の外が真っ暗だった。
夜ではない。
空も、校庭も、周囲の建物もない。
ただ、黒い。
「ここ……本当に学校か?」
悠真は教室へ足を踏み入れた。
後ろを振り返る。
扉は開いたままだ。
しかし、向こう側に見えるはずの廊下がない。
そこには壁しかなかった。
「……え?」
悠真は急いで扉へ駆け寄った。
ドアノブを回す。
開かない。
「待ってくれ!」
何度も回す。
ガチャガチャと音を立てる。
しかし、扉はびくともしなかった。
そのとき。
「悠真」
教室の奥から声がした。
振り返る。
教室の一番後ろ。
一つの机に、蓮が座っていた。
「蓮!」
悠真は駆け寄った。
「大丈夫か?」
「ああ」
「ここから出よう!」
悠真が蓮の腕をつかむ。
しかし、蓮は立ち上がらなかった。
「無理だよ」
「なんで?」
「ここに入った人は、外に出られない」
「そんなの嘘だろ!」
悠真が叫ぶ。
蓮は悲しそうに笑った。
「俺も最初はそう思った」
「最初……?」
「この教室に来たとき、俺も帰ろうとした。でも、何度やっても扉が開かなかった」
蓮は黒板を指差した。
そこには、たくさんの名前が書かれている。
見覚えのない名前ばかりだ。
「ここにいる人たちは、みんな同じだった」
「じゃあ、あの学生証は……」
「この教室に入った人たちのもの」
悠真は黒板を見た。
名前の数は、三十六。
そして、最後の一行だけが空白になっていた。
「……三十六人?」
「そう」
蓮は頷いた。
「この教室には三十六人しか入れない」
「じゃあ、俺が入ったら……」
「一人分、席が埋まる」
悠真は教室を見渡した。
机は三十六脚。
しかし、座っているのは蓮一人。
「他の人は?」
「もう、名前も顔も覚えてない」
蓮は俯いた。
「ここに長くいると、自分が誰だったのか分からなくなる」
その瞬間。
黒板に、文字が浮かび上がった。
――佐伯蓮。
悠真は息を呑んだ。
蓮の名前が、黒板からゆっくり消えていく。
「蓮!」
「……始まった」
蓮が小さく呟く。
「何が?」
「忘れられるんだ」
黒板から名前が完全に消えた。
すると、教室の隅にあるスピーカーから校内放送のような音が流れた。
『出席を取ります』
機械的な声だった。
『一番』
返事はない。
『二番』
返事はない。
次々と名前が呼ばれていく。
しかし、誰も答えない。
そして――
『三十六番』
声が止まった。
教室が静まり返る。
次の瞬間。
『朝倉悠真』
悠真の名前が呼ばれた。
「……はい」
反射的に答えてしまった。
蓮の顔が青ざめる。
「答えちゃダメだったのに」
「え?」
黒板を見る。
そこには、今まで空白だった三十六番目の欄に――
朝倉悠真
と書かれていた。
同時に、教室のすべての机が一斉に音を立てた。
ガタッ。
ガタッ。
ガタッ。
そして、三十六個の椅子が――
誰も座っていないのに、ゆっくりと引かれた。
そのうちの一つが、悠真の前で止まった。
黒板には、新しい文字が浮かび上がっていた。
「着席してください」
悠真は椅子を見つめた。
そして気づいた。
机の上に、自分の名前が書かれた学生証が置かれている。
写真には――
今の自分ではなく。
知らない制服を着た、自分が写っていた。
目の前の扉。
その向こうに、蓮がいる。
そう思うと、逃げることができなかった。
「蓮……」
扉に手を伸ばす。
冷たい。
まるで冬の外に置かれていたような冷たさだった。
ドアノブを握る。
――カチャ。
鍵は、かかっていなかった。
「……入るぞ」
誰に言うでもなく呟いて、扉を開けた。
その瞬間。
廊下の空気が変わった。
扉の向こうには、教室があった。
古い机と椅子。
黒板。
教卓。
窓。
どこにでもある普通の教室だった。
ただ一つだけ、おかしい。
窓の外が真っ暗だった。
夜ではない。
空も、校庭も、周囲の建物もない。
ただ、黒い。
「ここ……本当に学校か?」
悠真は教室へ足を踏み入れた。
後ろを振り返る。
扉は開いたままだ。
しかし、向こう側に見えるはずの廊下がない。
そこには壁しかなかった。
「……え?」
悠真は急いで扉へ駆け寄った。
ドアノブを回す。
開かない。
「待ってくれ!」
何度も回す。
ガチャガチャと音を立てる。
しかし、扉はびくともしなかった。
そのとき。
「悠真」
教室の奥から声がした。
振り返る。
教室の一番後ろ。
一つの机に、蓮が座っていた。
「蓮!」
悠真は駆け寄った。
「大丈夫か?」
「ああ」
「ここから出よう!」
悠真が蓮の腕をつかむ。
しかし、蓮は立ち上がらなかった。
「無理だよ」
「なんで?」
「ここに入った人は、外に出られない」
「そんなの嘘だろ!」
悠真が叫ぶ。
蓮は悲しそうに笑った。
「俺も最初はそう思った」
「最初……?」
「この教室に来たとき、俺も帰ろうとした。でも、何度やっても扉が開かなかった」
蓮は黒板を指差した。
そこには、たくさんの名前が書かれている。
見覚えのない名前ばかりだ。
「ここにいる人たちは、みんな同じだった」
「じゃあ、あの学生証は……」
「この教室に入った人たちのもの」
悠真は黒板を見た。
名前の数は、三十六。
そして、最後の一行だけが空白になっていた。
「……三十六人?」
「そう」
蓮は頷いた。
「この教室には三十六人しか入れない」
「じゃあ、俺が入ったら……」
「一人分、席が埋まる」
悠真は教室を見渡した。
机は三十六脚。
しかし、座っているのは蓮一人。
「他の人は?」
「もう、名前も顔も覚えてない」
蓮は俯いた。
「ここに長くいると、自分が誰だったのか分からなくなる」
その瞬間。
黒板に、文字が浮かび上がった。
――佐伯蓮。
悠真は息を呑んだ。
蓮の名前が、黒板からゆっくり消えていく。
「蓮!」
「……始まった」
蓮が小さく呟く。
「何が?」
「忘れられるんだ」
黒板から名前が完全に消えた。
すると、教室の隅にあるスピーカーから校内放送のような音が流れた。
『出席を取ります』
機械的な声だった。
『一番』
返事はない。
『二番』
返事はない。
次々と名前が呼ばれていく。
しかし、誰も答えない。
そして――
『三十六番』
声が止まった。
教室が静まり返る。
次の瞬間。
『朝倉悠真』
悠真の名前が呼ばれた。
「……はい」
反射的に答えてしまった。
蓮の顔が青ざめる。
「答えちゃダメだったのに」
「え?」
黒板を見る。
そこには、今まで空白だった三十六番目の欄に――
朝倉悠真
と書かれていた。
同時に、教室のすべての机が一斉に音を立てた。
ガタッ。
ガタッ。
ガタッ。
そして、三十六個の椅子が――
誰も座っていないのに、ゆっくりと引かれた。
そのうちの一つが、悠真の前で止まった。
黒板には、新しい文字が浮かび上がっていた。
「着席してください」
悠真は椅子を見つめた。
そして気づいた。
机の上に、自分の名前が書かれた学生証が置かれている。
写真には――
今の自分ではなく。
知らない制服を着た、自分が写っていた。
