君の声で起こして。〜学校一のモテ男を電話で起こしてたら陰キャなのに懐かれて付き合うまでの話〜

 また中庭の前を通る形になる。

「ネコジャラシ、花井が供えてくれたんだろ」
「生前は悠木が世話したからな。死後は俺の担当」
「なんだよその担当。『おくりびと』的な?」

 日本一チャラい「おくりびと」だ。口元を押さえて笑うオレに花井が続けた。

「魂って確か、四十九日は現世に留まるんだよな? だから夏休み明けくらいまでは供えてやるかなって」

 今は七月の中旬で、来週から高校は夏休みに入る。

「夏休みも学校来るの?」
「まあ、そのつもり。そろそろ本気出さねーと、まじでやばいし」
「E判定だしねえ」

 ちょっと意地悪を言ってみると、花井は「言われなくてもわかってるよ」と拗ねたように目を眇めた。

「花井は、どこの大学志望なの?」

 何気なく尋ねてしまってから、

「あ、もし教えたくなかったら大丈夫だけど」

 と取り繕う。花井は「別にいいよ」と微笑んでから、

「松木医療大学《まつきいりょうだいがく》の、リハビリ科」
「……リハビリ?」

 それはまったく想定していない方角に存在する単語だった。オレはてっきり、美容や服飾の分野の話になるかと思い込んでいた。リハビリテーション科といえば、理学療法士などを育成する学科のはずだ。花井瑞樹という人間とはとても結びつきがなさそうだった。

「俺、サッカーやっててさ。高一まで」

 オレは首を傾げる。

「うちの高校って、サッカー部ないよね?」
「部活じゃなくて、城島《じょうしま》のユースにいたんだ」

 城島とは、「城島ウイング」というJ1のチームの略称だろう。

「すごい。それ、ガチのやつだよね」
「まあ、そう。『ガチのやつ』だな」

 花井はオレの言葉を切り取って、遊ぶみたいに繰り返す。

「でも怪我してさ。続けられなくなった。靭帯を何本かやって、また同じとこ怪我したら、普通の生活すらできなくなるって医者に言われて」

 花井の口元は優しく緩んでいたが、少しだけ伏せられた長いまつ毛には、消し去りようもない切なさが載っていた。

 志望大学の話が、まさかこんなウェイトのある話題に繋がってしまうとは予想しておらず、オレは返す言葉に詰まる。ごめんと謝るのも、安っぽい励ましの言葉をかけるのも、悪手としか思えなかった。

 こんなときオレにも、花井みたいな「人の心を軽くする能力」があったら良かったのに――そう歯噛みした。

「まーその、俺みたいな思いをするやつを、一人でも減らしてやりてーなーって、思うわけ!」

 最後は照れ隠しをするように、ぶっきらぼうな言い方だった。花井は歩速を上げ、オレを置き去りにして学習室に入った。

「ほら、早くしろって。勉強するぞ」

 こちらを振り返り、わざとらしく眉を吊り上げている。

「……ありがとう、花井。話してくれて」

 そう言いながらも、オレは花井のほうを直視できなかった。あまりに眩しかったからだ。この町に降り注ぐ陽光を、花井が全部ひとりじめしているみたいだった。