君の声で起こして。〜学校一のモテ男を電話で起こしてたら陰キャなのに懐かれて付き合うまでの話〜

 学校に到着し、廊下を抜ける。ふと中庭に目を遣り、アブちゃんの墓を見た。昨日、萎れていたはずのアカツメクサは無くなっていて、今日は野草のネコジャラシが地面に刺さっている。

 知らず、口元が綻ぶ。

「猫は魚の天敵だろ」

 またしても心がふわりと軽くなった。これは彼が単なる陽キャだからではない、と確信した。人の心にいとも簡単に羽を生やしてしまうのは、きっと花井瑞樹という人間だけに許された特殊能力だ。

 オレが日課であるハヤちゃんへの餌やりをしているタイミングで、花井が現れた。

「え、早いね」
「俺んち、学校から歩いて十分くらいだから」

 花井は教室の中へは進入してこなかった。

「加藤たちに絡まれるから、学習室行くわ。電話ありがとな、悠木」
「あ、うん」

 花井が踵を返して廊下へ消えた。昇降口から向かうとすれば、学習室はこの教室とは真逆の方角にある。

「……わざわざ遠回りして、礼を言いに来たのか」

 派手で軽薄そうな見かけによらず、律儀な人間だ。

 オレも自分の机にテキストを広げ、自主学習を始める。

 進学先の第一志望は朋来大学《ほうらいだいがく》の薬学部だ。正式な校内選考があるのは夏休み明けだが、一学期の通信簿が惨憺たるものでなければ、高校の指定校推薦枠で進学できるだろうと担任の北島に言われている。学期末テストがかなりの好成績だったことも安心材料だ。指定校推薦をもらうことさえできれば、まず大学側から落とされることはないため、オレの大学受験は事実上、終了となる。

「……悠木」

 呼ばれて振り向くと、花井が戻ってきていた。何故だか気まずそうな表情をしている。

「どうしたの?」
「一緒に学習室行かね? 広い部屋に一人で寂しいんだけど」

 吹き出さずにはいられなかった。他人の懐に入りこむのに、なんと長けた男なのだろう。みんながこぞって花井の虜になるのも道理だ、と脱帽するほかない。