君の声で起こして。〜学校一のモテ男を電話で起こしてたら陰キャなのに懐かれて付き合うまでの話〜

 思えば、漫画の主人公みたいな名前である。

 スマホの画面に「花井」という登録名が出ている。かの有名なバスケ漫画の主人公は「花道」だったな、とぼんやり考えた。

 SNSアプリ「MINE(まいん)」の彼のアイコンは、例のサメの歯のシルバーネックレスを写真に撮ったものだった。相当大切なものらしい。

 現在の時刻、六時二分。自宅から最寄駅へ歩きながら、サメの歯のアイコンとしばらく睨めっこしている。

 今、かけるのは早すぎるか? 六時半くらいまで待つべきか? 具体的に、何時何分に電話すれば良いのか訊きそびれた。

 早すぎても遅すぎても、怒られるかも――と怯えかけて、それはないかと思い直す。花井と知り合って日は浅いが、その程度のことで激昂するような、狭量な人物ではなさそうだった。

「よし」

 小さな掛け声と共に「音声通話」のボタンを押下した。プルル、と呼出音が鳴る。心臓の音が大きくなった。

 十数秒経過したところで、呼出音が止まった。「もしもし」と言いかけると、ブチッと通話が切れてしまう。耳の後ろに変な汗が流れた。

「……やっぱり怒らせたかな」

 どうしたらいいのだろう。もう一度かけるべきか? 何度もかけたらウザがられるか?

 モーニングコールは相手を起床させることが目的のはずだが、それを果たせたのかどうかも不明だった。まだ花井が眠りの中にいるのにMINEを閉じたら、契約不履行だと責められはしないか。ぐるぐると思考の迷宮にいざなわれる。

 そのとき、スマホが着信した。花井からだった。掛け値なしに二センチ、その場から飛び上がる。慌てて通話ボタンを押す。

「も、もしもし」

 手のひらサイズのデバイスから、微かに掠れた、寝起き特有の花井のバリトンが漏れてくる。

『……ごめん。アラームと間違えて切った』
「全然、大丈夫。起きられた?」
『いま……どうにか……起きる』

 地獄の底から地上に這いあがろうとしているかのようなしんどさが伝わってきた。ゴソゴソと衣擦れのような音が聞こえてくる。相当に朝が弱そうだ。低血圧なのか?

「が……頑張れ、花井」

 オレが思わず言うと、花井が乾いた声で短く笑った。

『やっぱり、悠木に頼んで良かった』
「え?」
『起こしてもらってる立場の俺に、頑張れって応援までしてくれるやつはいないわ』

 不意を突かれて返す言葉に迷う。この男はどうしてこう、さらりと人の気分を持ち上げる言葉を放つのか。陽キャという人種はみんなこうなのだろうか。

『おはよう、悠木』
「あ……お、おはよう、花井」

 まさか、あの花井と電話で「おはよう」を言い合う仲になるとは、先週まで夢にも思っていなかった。