君の声で起こして。〜学校一のモテ男を電話で起こしてたら陰キャなのに懐かれて付き合うまでの話〜

 マナとの交流を経て、奈落の底に沈んでいた精神は回復の兆しを見せた。

 一年間のリハビリを終えた後は、少なくとも表面上は、以前と変わらない振る舞いができるようになっていた。

 食事も喉を通らないといったような塞ぎ方をすることはなくなり、怪我の直後は休みがちだった学校にも通えるようになった。どれもこれも献身的なマナの尽力の賜物だ。よく喋り、よく笑う花井瑞樹にすっかり戻ったと――挫折を乗り越えたのだと、周りの人間はそう感じていただろう。

 それでも心にぽっかりと空いた穴の存在は、なかなか埋めようがなかった。

 高二の冬、数学の授業中にユース時代の知り合いからメッセージが届いた。退団以降、一度も連絡など寄越さなかった相手である。しばしの逡巡ののちに開いてみると、こうある。

『久しぶりだな、元気か? 怪我の調子はどうだ? 俺、この前、城島からプロ内定をもらったよ。いつもライバルとして切磋琢磨してくれた花井のおかげだ。感謝してる。連絡するか悩んだけど、きっとお前なら喜んでくれると思って』

 開く前から薄々わかってはいたが、やはりクズみたいな内容だった。二年前までは俺の下位互換のような選手で、怪我をした試合の時にもベンチを温めていた。もともと嫉妬心や敵対心を隠しもしない男で、メッセージの文面からはこぼれ落ちんばかりの優越感がありありと見て取れた。

 ――優等生ヅラしてんじゃねえよ、俺の劣化版が。

 机の下で貧乏ゆすりをしながら、無表情で返信する。

『良かったな。おめでとう。自分のことみたいに嬉しいよ。怪我に気をつけて、頑張れよ。俺みたいにならないようにな』

 文末には、熨斗のつもりで笑顔の絵文字まで付けてやった。送信ボタンを押した直後に相手をブロックする。

 前向きになれそうだ、と思った途端、こういった出来事で出鼻を挫かれる。そんなことの繰り返しだった。気づかないうちに血が滲むほど下唇を噛んでいた。

 授業が終わると、教室の入り口に二人組の女子が現れた。

「あの、花井くんいますか?」

 浮ついた声で誰かに尋ねている。二人とも、両手にラッピングされた菓子のようなものを載せていた。

「どうしたの?」

 俺は営業用のスマイルを貼り付けて近寄る。二人組が嬌声をあげた。最近明るい金髪に染めた俺の髪型は、友人たちからもすこぶる好評だった。

「あの、これ、調理実習で作ったんです」
「良かったら、食べてください」

 ハート型のクッキーが数枚と、MINEのIDが書かれた小さなメモが入っていた。

 ――もう、何もかもどうでもいい。くそったれ。

 むしゃくしゃした気分のまま、半ば勢いで言った。

「俺のこと好きなの?」

 率直な表現に二人組はやや困惑した後、

「好きっていうかぁ……まあ、そのぉ。ね?」
「カッコいいなあーって思ってます。ね、だよね」

 器用に交互に喋るものだ。担当でも決まっているのだろうか。

「いいよ。付き合おうよ」

 えっ、と二人は目配せし合う。

「付き合うって、」
「ど、どっちとですか?」
「ん? どっちも」

 えっ、と再び戸惑う彼女らを置き去りに、俺は平然と歩き出す。

「ついてきて。三人でシよう」

 ――要は、キスさえしなきゃいいんだろ、マナさん。

 俺は彼の話を都合よく曲解する。

 マナもそれなりに女遊びは経験したと言っていた。妻以外とキスをしなかっただけだ。

 俺は振り返りもせずに廊下を進みながら、ヤリ部屋と名高い国語資料室はどこだったかな、と考えている。