君の声で起こして。〜学校一のモテ男を電話で起こしてたら陰キャなのに懐かれて付き合うまでの話〜

「花井のセックスって、交尾みたい」

 こういうことを言ってくる女には反吐が出る。

「前戯もなければ、キスすらしてくれないんだもん」

 ブラのホックさえ外されなかったことが相当にご不満のようだ。本来の用途を果たしているとは到底思えない、紐のように細いショーツを足に嵌めながら、女は言い詰める。

「交尾ですらないか、ゴムしてるわけだし。女の体を使った自慰だわ。動物以下」

 精液の溜まったコンドームの口を縛りながら、俺は応える。

「気に入らねーなら、よそを当たれよ」

 俺のほうから女にアプローチして交際を申し込んだことは一度もない。蜜に集うカブトムシのごとく自ら寄ってきたくせに、その蜜が不味かったからといって愚痴を漏らされても、こちらとしては閉口するしかない。

 北校舎の二階にある「国語資料室」は、身も蓋もない言い方をすれば「ヤリ部屋」だ。

 故意か過失か不明だが、鍵穴に異物が詰まっていて外側から解錠することができず、内側から施錠してしまえば完全な密室となる。誰かが下卑た目的で持ち込んだとしか思えない、手頃なマットまで備えてあった。茶色いシミだらけで汚れているので、そこに横たわる気にはなれないが。

 女は先ほどの台詞を吐き捨てた後、振り返りもせずに部屋を出て行った。俺はズボンのベルトを締め、ふと窓の外を見る。

 日の傾きかかった校庭で、空気の抜けたボールを蹴り合っている生徒たちがいる。「オーライ」、「おい、下手くそ!」などと声を掛け合って、軌道の定まらないパスを出している。楽しそうだった。無邪気にボールを蹴る人間は、なぜか皆、笑顔だ。

 手に持ったゴムをティッシュとともに丸め、ゴミ箱に投げいれる。

 何をしていても、心が満たされる瞬間はない。IQを3にして、射精に向けて腰を振っている時間だけが、何も考えずに済んだ。

 あのシミだらけの薄汚れたマット――俺そのものだ。

 ――クソみてえだ。俺も、俺の人生も。

***

 初めて父に買ってもらったスパイクの色は、何色だったか。

 すっかり忘れてしまったが、それを手にした時の多幸感は今でも鮮明に記憶している。

 子供の頃、親に通わされたピアノ教室に、サッカー漫画の「キャプテン椿」が全巻揃っていた。俺はろくすっぽピアノのレッスンなど受けず、背表紙が日焼けしたそのコミックスを読み耽った。

 サッカーを実際に始めたのは小学二年生のときだ。のめり込むのに時間はかからなかった。

 生来の俊足を生かしたプレースタイルが持ち味だった。ほぼトップスピードを維持したまま、高精度でボールをコントロールすることができた。サイドからピンポイントに味方へ合わせるクロスが高く評価され、県内屈指のパサーとして鳴らした。

 フィジカルだけの世界ではない。俺は高一の時点で一七〇センチと、決して体格に恵まれたほうではなかった。だがピッチの上では瞬時のひらめきや、ときには遊び心がものを言うことがある。

 シュートのモーションを見せてディフェンスを引き寄せ、味方にパスを送る。右に視線を送り、ディフェンスの重心が逆方向へ傾いた瞬間を見逃さず、左側に蹴り出す。どれもコンマ数秒の駆け引きだ。青々とした芝の上で、泉のように湧き出すアイディアが快感だった。

 地元の少年団での練習後、泥だらけになって帰宅したあとも、眠りに落ちる直前まであらゆるプレー動画を眺めて研究した。それらの努力を苦だと感じたことは一度もない。サッカー一色の、幸福な毎日だった。

 小学六年生の時、城島ウイングの下部組織であるジュニアユースの入団テストに合格した。

 倍率は百倍以上ともいわれる狭き門である。合格の連絡を受けた時、両親と祖父母は俺をリビングで胴上げしたものだ。父のはしゃいだ声が耳に焼き付いている。

「落とすなよ! 瑞樹を絶対落とすなよ! 黄金の右足だからな!」

 無論、そこからプロまでの道のりはまだまだ険しい。それでも「サッカーで食っていけるかもしれない」という一つの自信には繋がった。

 ジュニアユースに上がってからも研鑽を惜しむことはなかった。

 城島のジュニアユースは、学業にも手を抜かせない組織だった。学校での成績が一定のラインを下回ると、試合に出してもらえなくなる。瞼を押さえつけてくる透明な手を振り払いながら、学業にも勤しんだ。

 中学を卒業し、ジュニアユースから、高校生以上が所属するユースへと昇格した。ここまでくればプロへの切符も現実的になる。誰もが羨むような順風満帆なサッカー人生を送っていた。

 破綻の時は突然訪れた。

「選手生命を絶つ大怪我」と聞くと、誰もが激しいタックルのような場面を想像する。しかし俺の「終わりの音」は、はるかに地味なものだった。

 地元の強豪校との練習試合だった。俺はウイングバックのポジションで、一年ながらスタメンで出場していた。

 人工芝を疾走しながら左足のインサイドでボールを受け、進路を阻むディフェンスを抜き去ろうと体を思い切り捻ったときだ。スパイクのスタッドが人工芝に強固に刺さってしまい、右膝から下だけが俺の体の動きに従わなかった。

 ポキッというような、ひどく呆気ない音。その音を認識した瞬間、その場に崩れ落ちた。いやに晴れた青空が見えた。

 足の様子を見たコーチの切迫した反応から、既に嫌な予感はしていた。救急車に乗せられ、吐き気を催すほどの痛みに襲われながらも、俺はただ祈っていた。

 ――神様。どうかこの怪我が、治るものでありますように。俺からサッカーを奪うようなものでありませんように。
 神に祈ったのは、あとにも先にもその時だけだ。ストレッチャーに無慈悲な涙が溢れ続けた。



「同じところをまた損傷したら、日常生活にも影響が残る可能性がある。最悪、歩けなくなることもあり得る。サッカーのような強い衝撃を伴うことがあるスポーツは、医師として勧められない」

 手術後の医師の言葉は、俺にとって死刑宣告と同じだった。

 歩けなくなってもいい、サッカーを続けさせてほしい。そう何度もユースに頼み込んだ。しかし言うまでもなく、ドクターストップをかけられた選手など使い物になるはずがない。ドラマのような退団勧告をされるわけではないが、プロへの道が絶たれた事実や、狭まっていく自分の居場所を目の当たりにしているうち、ユースを去る以外の選択肢はなくなった。

 退団する意思を上層部に伝えた日の帰り道、母の運転する車の助手席で俺は泣き崩れた。震えた手でハンドルを握る母もまた、泣いていた。