君の声で起こして。〜学校一のモテ男を電話で起こしてたら陰キャなのに懐かれて付き合うまでの話〜

 週末は、基本的にひたすら漫画を描いて過ごしたが、日曜日の午後だけ外出した。美容室で髪を切ることにしたのだ。

 オレと花井のペアを目撃したときの、牧の反応は確かに極端だったとは思う。しかしあの件を除いても、トリッキーな二人組に注がれる周囲の視線はどれも、おおむね牧から向けられたものと同類だった。面と向かって口にするか否かの違いだけだ。オレだって人間だから、そういった目線にはそれなりに傷つく。だがそれ以上に、花井に恥をかかせているようで申し訳なかった。

 幼稚園児の頃から通っている美容室「Sea Glass(シーグラス)」は、五十嵐(いがらし)さんという中年の男性オーナーが一人で切り盛りしている。

 二階建ての店舗併用住宅となっており、一階の半分程度が美容室、そのほかの部分が五十嵐さん一家の住居だ。住居部分から五十嵐さんの息子が進入してきて、「パパ、宿題教えて」と父親を困らせるという、微笑ましい光景が見られる日もある。サーフィン好きな五十嵐さんの趣味で、白い砂浜を模した店内の壁紙に、実際に海で拾ってきたという貝殻が飾り付けられている。

「今日はどうする? いつもの感じでいい?」

 オレの首に散髪ケープを巻きながら、鏡越しに目を合わせた五十嵐さんが訊いてくる。こんがりと日焼けした肌が健康的で、実年齢より若々しく見える。白髪混じりの長めの髪を後ろでまとめ、屋内でも常に粋なハットを被っている。

「ちょっと……今日は、いつもとは違う感じにしたくて」
「へえ?」五十嵐さんが目を輝かせた。
「あ、あの……一応、イメージみたいなのを探してきたんですけど」

 スマホで検索した、昨今のトレンドを取り入れた洒落た髪型を何枚か表示させてみる。理由はわからないが、その画像を見せる行為はとてつもなく気恥ずかしかった。

「わあ、いいじゃん。絶対似合うよ」
「そ、そうですかね」

 眼鏡を外して鏡の前に置く。

 近視によってぼやけた視界でも、五十嵐さんが両目を三日月型に細めたのがわかった。

「五年以上、『いつもと同じで』ってオーダーしかしなかったのに。何か心境の変化があった? 好きな子でもできたかなあ?」
 言下に否定した。「違いますッ!」

 そんなにムキになんなくても、と五十嵐さんはへらへら笑ってから、

「いやいや、嬉しいのよ僕は。だって、こぉーんな小さい時から真琴くんの髪の毛切ってんだから」

 五十嵐さんが人差し指と親指で五センチ程度の幅を作っている。「そのサイズは胎児です」とオレは眉根を寄せる。

「最近、一緒に帰るようになった友達が、すごいお洒落なやつで……オレがこんなだから、二人でいると周囲の目が気になるというか、なんか、そいつに恥かかせるかなと思って」
「そうなんだ。真琴くんは、いつものままでも素敵だと思うけどね」

 五十嵐さんはてきぱきとした手つきで、一切迷うことなく鋏を髪に入れていく。梳き鋏を決して使わないのが彼の拘りだと聞いたことがある。若かりし頃は、様々な美容師の全国大会で入賞した経験があるらしく、店舗の入り口付近にはいくつもトロフィーが並べられている。

「でも、周りの目線が一番気になる年頃だよね。そんなふうに気に病んじゃうくらいなら、一緒に帰らないようにするのも手じゃない? 帰る時間をずらすとか、何か角の立たない理由で断るとかさ」
「え? あー……はあ、まあ……でも別に……」

 煮え切らない返答をするオレを、また五十嵐さんは鏡越しに見やって、歯を見せた。

「あ! 一緒には帰りたいのね」

 羞恥心に駆られて思わず深く俯くと、「下向かないでちょーだい」と無理やり頭を上げられてしまった。