きみの青に飛び込む



「あ、あの、神坂くん、ちょっと」

「……」

「手が、痛い」

人通りが少ない校舎の上のほうの階段。踊り場までついて、俺は荒々しく手を離した。
そして羽柴の方に向き直る。

「神坂くん、なんか怒ってる?」

「怒ってるって…あのままだったら目のこと周りにバレてたかもしれないんだぞ」

「でも、あの水汚かったし、目、痛かったから」

髪も濡れて、上半身のシャツが羽柴のからだにペタリと張り付いている。
ごくりと唾を飲んだ。
そして羽柴の両頬を片手で掴んで引き寄せる。

「神坂くんっ、?」

「…目、痛いんだろ、なんか入ってないか見る」

「い、いい、大丈夫」

「よくない、大丈夫じゃない」

俺が。

「神坂くん、こわいよ」

「…っ」

羽柴のグレーの瞳が揺れた。
そうか、感情のままに動いて感情のままに羽柴をどうにかしようなんて、どうかしている。
羽柴からゆっくりと手を離した。
羽柴の秘密は俺だけのものなんて、ただのエゴだ。
それを羽柴にぶつけるのは、違う。
らしくない。

「ごめん、ちょっと、なんか腹たって」

「神坂くん…」

「なんか羽柴の目のこと周りに知られるって思ったら余裕なくなった」

独占欲、嫉妬、どれもこれもドス黒い感情で。
羽柴の瞳のような澄んだ青には飛び込めない。

「羽柴からしたら、偶然、秘密を知られたのが俺なだけで、それ以上でもそれ以下でもないだろ、なのに秘密を利用してこんなことして、俺、ほんと」

「…違うよ神坂くん」

羽柴が俺の裾を掴んで少し離れた距離を縮めるように引き寄せた。

「羽柴…?」

「違うんだ、神坂くん」

「違うって…」

羽柴の瞳が青い。気づけば羽柴のコンタクトは床に落ちていた。

「羽柴、コンタクト…」

「うん、外した」

「なにやってんだよ、教室戻れないだろ」

「戻らなくていいよ、それよりちゃんと見て」

羽柴の顔が近づく。心臓がバカみたいに跳ねて、また感情が暴れそうになる。

「…目、何も入ってない?もう痛みはおさまったけど」

羽柴からそう問われる。小さく頷いた。

「入ってない…綺麗な青は、あるけど」

「そ、よかった」

「羽柴…」

「うん、いいよ、神坂くんのしたいことして」

したいこと…。
ゆっくりと体が動いて羽柴を抱きしめた。
羽柴が俺の肩のあたりでクスクス笑っている。

「抱きしめると僕の目、神坂くんから見えてないけどいいの?」

「…いいよ、目とか関係なく、羽柴とこうしたいだけだから」

羽柴が嬉しそうに笑っている。
俺は、羽柴のことが好きになってしまった。
秘密とか、関係なく。
まあ、秘密がきっかけではあったけれど。

体が少し離れて羽柴が試すように少し背伸びをして、俺の鼻に自らの鼻を軽く当てた。

「……他は、したいこと」

「意地が悪いな、羽柴は」

「よく言われる」

その青がゆっくりと閉じられて、俺は羽柴にキスをした。