きみの青に飛び込む






「はーしば」

「びっ、なんだ、神坂くん」

人がほとんど通らない校舎の上のほう、踊り場に近い階段の端にぽつんと座っている羽柴が驚いたように顔をあげた。

「なんでここが?」

「羽柴が昼休みになったとたんどっか行ったから尾行してみた」

「ええ…」

『尾行』という言葉に引いているな、これ。言い方考えればよかった。付き纏ってみた、とか?いやどちらにしてもキモいな。

「いつもここで弁当食ってんの?」

「…まあ」

「なんで?目のことバレるわけじゃあるまいし」

「昼休み、教室うるさいし」

主に俺たちが、だろう。申し訳なく思って「ごめん」と謝った。羽柴は「なんで神坂くんが謝るんだよ」と小さく笑った。

「羽柴、隣座っていい?」

「い、いいけど、教室で食べないの?」

「俺もたまには静かな空間で食べたいし、うってつけだなここ」

そう言って羽柴の隣に腰を下ろす。羽柴も小さく頷きながらお弁当を広げた。
俺もコンビニで買ったパンの袋を開けて、一口齧る。
しばらく静かな時間が生まれた。
羽柴からしてみれば気まずいだろう、なんとなく、俺みたいな人間嫌いそうだし。

美味そうな肉につられて、好奇心で寄ってきた野生動物にでもなった気分だ。けど、羽柴が気になって仕方がない。

ふと、その横顔を盗み見た。黒いカーテンに、分厚い縁の壁、それらに覆われた羽柴の秘密。

「羽柴」

「なに?」

「もっかい、目みたい」

「え」

「え」

自分の欲望がストレートに放たれたことに自分でも驚く。「あー」と言葉を濁しながら何も誤魔化しきれていないが、「じょ、じょーだん」と。

「…いいよ」

「え」

「…コンタクトは、外せないけど」

「いいの?まじ?」

「うん」

「やった、じゃあこっち向いて」

「切り替えすご…」

おずおずとこちらを向いた羽柴。その唇が小さく開かれる。

「眼鏡、外す?」

「俺が外す」

そう言って、羽柴の眼鏡に手を伸ばした。
ゆっくりとそれを外す。なんだか、いけないことをしている気分だった。
でも、羽柴が「いい」って言ってくれているわけだし。

外した羽柴の眼鏡をそっと階段に置いて、羽柴の目を見る。前髪、邪魔だな。

「羽柴、前髪、切っていい?」

「ダメに決まってるだろ」

「ダメかぁ」

「なんでいいと思うんだよ」

小さく笑った羽柴。心臓がなぜかぎゅっと痛くなった。これも俺を覆い尽くす『独占欲』の一種だろうか。
ああ、そういえば、とポケットに手を突っ込んだ。

「神坂くん?」

「確かヘアピンがあった気が」

「神坂くんの?」

「いや、クラスの女子から髪で遊ばれてそのまま外すの忘れてたやつ」

「……」

「前髪邪魔だからこれつけていい?」

羽柴は微妙な顔をして、口をへの字に曲げた。
なんなら目を見せてほしいと言った時より嫌そうな反応。
けど、前髪は邪魔だし。と、羽柴の返事を聞かないまま羽柴の前髪に触れると羽柴は軽く頭を振ってそれを拒否した。

「…自分で上げる」

「え」

「これでいい?」

なんの躊躇もなく、自分の手でがっと前髪をあげた羽柴。端正な顔が顕になった。
羽柴の瞳は黒い。

でも、

「よく見ると、青、見えるな」

「…そう?」

「うん、青と黒が混じってちょっとグレーっぽくなってる、なんか、すげぇ」

「神坂くん、近い」

「近づかないと見えない」

「…でも…」

困惑したような声が羽柴の口からもれる。
我に返って羽柴の瞳から意識を外した。
確かに、近い。
もう少しでその距離がゼロになりそうなくらいに。

「あ、ごめん」

少し距離を取れば、羽柴は前髪をおろして軽く指先で整えた。そして眼鏡を手に取る。
なんだかもったいなくて、その欲の瞬間がひどく刹那に思えて、その手を止める。

「神坂くん」

「…この時間くらい眼鏡しなくていいじゃん、俺しかいないし、どうせ度入ってないんだろ」

「ないと落ち着かない」

「コンタクト落とした日だって眼鏡忘れてたんだろ、矛盾してる」

「っ」

羽柴が眼鏡に落としていた瞳をあげた。
前髪の隙間からのぞく目。そして困ったように細まった。

「…意地が悪いね、神坂くんって」

「よく言われる」