きみの青に飛び込む


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「なにしてんの、羽柴」

放課後のオレンジがかった廊下で床に這いつくばっている人間を見た。
上履きに書いている名前で、その人間がクラスメイトで、ほとんど話したことのない男だと理解した時、頭の中に単純にもほどがある2つの選択肢が生まれた。

話しかける、話しかけない。

放課後のまばらに人が通る廊下。誰一人そいつに話しかける様子はなくただ「何をやっているんだ?」という怪訝な顔をして通り過ぎていく。

教室の目の前の廊下で、この人間をスルーして教室に入ることはなんとなくできないな、という簡単な理由で俺は足を止めて声をかける。

2つの選択肢から、「話しかける」を選んだだけ。
プラス、まじで何やってんのか気になるという好奇心。
俺が声をかけた数秒後、その男、羽柴は視線を床に向けたまま、

「か、神坂くん…」

と、俺の名を呼んだ。
顔をあげないままなのが、どうにも気になって俺は羽柴の前にしゃがみ込む。

「転けて立ち上がれない感じ?手貸そうか」

すると、羽柴は若干まごつきながら言葉を紡いでいく。

「いや、あの、落とし物、して…」

「落とし物?何探してんの?」

「…コンタクト」

「コンタクト?」

コンタクト、か。羽柴目悪いのか。いや、待て。
と、教室の隅っこの席で存在を自ら消すように座っている羽柴を思い浮かべる。
少し長い前髪の奥に潜んでいるのは眼鏡だったような。
あれ、思い違いか?
そんなことを思いながら、顔をあげない羽柴のつむじに声をかける。

「探すの手伝うよ」

そう言って近くの床を見渡し始めた。羽柴のか細い「ごめん」という声が聞こえる。

「どれくらい探してんの?」

「…15分くらい」

15分も外気にさらされたコンタクトはもうカピカピに乾ききっているのではないのだろうか。
見つけたところでもう使い物にはならない気がする。

「コンタクトつけてないとどれくらい見えない?帰り困る?」

「…うーん」

先ほどから返事に戸惑いや迷いを帯びている。それは羽柴の性格なのか、ほとんど話したことのない俺との会話に戸惑っているのか、それすら分からない。
そしてなんで顔あげないんだ、こいつ。

「なあ、羽柴」

「な、なに」

「そもそもお前、眼鏡じゃなかったっけ」

「っ、え、あー、それは」

少し顔をあげた羽柴。そもそもどんな顔だったっけ、なんて。
チャンスだと思い、顔を覗き込もうとすればすぐさま逃げるように顔を下に背けようとしてくるので、少々のイラつきが優って無意識に手が動いた。

「いつまで床と話してんだ」

「っ」

羽柴の額に手を添えて下に向こうとしていた顔を止める。羽柴の前髪が俺の手に巻き込まれて少し上にあがった。

「15分も探してないならもうな、い、…え、あお…」

羽柴という人間と初めて目が合った。
顕になったその瞳を見た。
紡ごうとしていた言葉の端がすっ飛んで、たどたどしい言葉を残していく。
あお、あおい、青い。目が、青い。

「あの、神坂くん」

「えええっ、なに、すげえ、自前の目?それともカラコン?」

カラコンだとしたら、コンタクト落としたってどういうことだ?と疑問が重なる。
俺の手の甲に被さる羽柴の前髪をがっと上にあげた。白い弧を描いた額と、透き通った青が何の壁もなく顕になった。

「自前の目?カラコン?」

「自前の目って…まあ、生まれつき、だけど」

「へええええ、で、なに、ハーフだったりすんの?」

「いや、違う…あの神坂くん、そろそろ手を」

「すげえ、めっちゃ綺麗な青。前髪長いのもったいねえよ、こうやって前髪あげれば顔もかっこいいし、そんでもって目も青いし、学校の注目の的になれる」

「注目の的にはなりたくないよ、目が青いのだって知られたくないから意図的に隠してるんだ」