政略結婚なのに、包容力マシマシな辺境伯の溺愛が過保護過ぎて小鳥令嬢は困ってます!


「……ねえ、アシュレイ。さっきからずっと見てるけど、なに?  異常よ、その目」

 朝食を食べながら、エナはパンを手に取ったまま固まった。アシュレイが、まるで魂を吸い尽くすかのような熱量で、彼女を見つめている。その視線の甘さと優しさは、昨日までのものと確かに違っていた。

(うそ、レベルが違う……!  これが『真の夫婦』の愛の視線なの!?)

「いや、君が可愛くて。見ているだけで、満たされる」
「……はあ!?  なに言って……っ」

 エナは咀嚼するのを忘れ、パンを手に取ったまま固まった。

(うそ、まだ始まって5分も経ってないのに、もう甘い言葉の暴風雨!?)

「昨日の夜も思ったけど、君の顔、声、仕草……すべてが僕を狂わせるほど愛おしくて。君という存在が、僕の生きる糧だと痛感した」
「なっ、なっ……!!」

 口をパクパクさせるエナの顔は、一気に最高潮の赤さに染まる。

「今日もずっと見ていたい。四六時中、君の隣にいたい。ああ、仕事なんて放り出してしまいたい」
「ちょ、ちょっと黙っててよこのバカ!!!  朝から恥ずかしいったらありゃしないのよ!  領地の危機より私なの!?!」

(……でも、嫌じゃない。むしろ……にやけちゃう……っ。彼のこの甘やかしが、私だけのものだという事実が、たまらない!)



 あれから一晩。真に夫婦となったことで、エナの心にあった最後の防御壁は崩れ去った。彼女は少しだけ、『素直な妻』へと歩み寄っていた。

「今日はね、視察のあとで寄りたい店があるの」

 エナは、視線を皿に落としたまま、控えめに言った。

「どんな店だい?」

 アシュレイは優しい声で応じる。

「リリーが教えてくれた雑貨屋さん。可愛い文具とかあるらしくて。学校の教材に使えそうなものも」
「ふふ、それは素晴らしい。それなら僕が案内しよう。馬車の手配も、荷物持ちも完璧にこなせるよ」
「いいわよ、自分で行けるし!  べつに『夫婦のデート』とか、そういうんじゃないし!」
「でも夫婦なんだから、こういうのも一緒に楽しもう。君が興味を持ったものを、僕も一緒に共有したい」
「……っ、勝手にしなさいよ!」

(でも、嬉しい……。昔なら絶対に一人で行っていた。彼が『一緒に』と望んでくれることが、何よりも愛の証拠だわ)

 アシュレイの言葉に、エナの頬は緩む。彼女の『ツンデレ』は、もう『喜びを隠すための照れ隠し』でしかなかった。



「旦那様がさらに甘やかしモードに入っておられますね。奥様の『真の妻』としての開花が、彼の理性を完全に崩壊させたようです」
「エナ様がそれを受け止められてるの、すごく尊いです。朝から顔を真っ赤にしていますが、『拒否』のオーラは微塵もありません」
「ツンデレが照れつつも甘える姿……これは、貴重だぞ……!  グレン、日誌の記述を増やせ!」

 セリアとティナ、グレンは書斎の窓からこっそり夫婦を観察しており、ふたりに熱い視線を送っていた。

「あのふたり、本当に良いバランスだな」

 グレンは感心したように呟いた。

「正反対だけど、お互いにない部分を埋め合ってる感じです。奥様の『情熱』が、旦那様の『完璧さ』を人間に戻した」
「尊い……。今日も領地は平和です」



 その日の午後。視察後、ふたりは領内の静かな公園に立ち寄った。手を繋いで歩く姿はまるで新婚そのもの。エナも、人がいない場所では、もう手を振り払わなくなっていた。

「疲れてない?  ベンチで少し休もうか。まだ昨夜の疲れが残っているといけないから」
「そんなに疲れてないわよ。誰のせいでこんなに体が活力に満ち溢れていると思ってるの」
「でも無理は禁物だよ。僕の膝枕、いる?」

 アシュレイはベンチに座りながら、ポン、と自分の太ももを叩いた。

「い、いらないっ!!  ここ、外よ!?  領民の目があるでしょ!  恥知らず!」
「……それでも甘やかしたくなるんだ。君の全部が可愛くて、ここにいる誰もが、君が僕の妻だと知っている。少し『見せつけたい』気持ちもある」
「な、なんで外でそういうことを……ッ!!  公衆の面前で『夫婦の営み』を連想させるようなことを言わないでよ!」

 顔を真っ赤にしたエナが、アシュレイの腕を優しくつねる。

「甘やかしすぎ!  限度を考えてよ!!」
「……ごめん。でもやめられない。だって、君の反応が可愛すぎる」

(くっ……でも、こんなに嬉しくて、こんなに幸せな気持ちになるのは、世界中で私だけだって知ってるでしょ……!)

 エナはつねる手を緩め、そっとアシュレイの肩に頭を預けた。



 夜、書斎で一緒に紅茶を飲みながら、本をめくるふたり。今ではエナもすっかりアシュレイの隣の椅子に座るのが日常になっていた。

「今日は、怒らせすぎたかな?」

 アシュレイは、エナの横顔を見つめながら尋ねる。

「……ちょっとだけ。でも……あなたの『愛の衝動』は、気持ちはわかるから。許す」
「ありがとう、エナ。君のその『甘い理解』が、僕をダメにする」
「……だから、特別に。ひとつだけ、言ってあげる」

 アシュレイは期待に満ちた目でエナを見る。

「わたし、あなたと夫婦でよかったって、心から思ってる。政略結婚の相手が貴方で、本当によかった」

 アシュレイの瞳が、柔らかく細まった。その言葉は、『愛の誓い』そのものだった。

「僕もだ。君が妻で、本当によかった。僕の人生のすべてが、君と出会うためにあったと思っている」
「なによ、言わせたくせに……ずるいんだから。『政略結婚の相手が貴方でよかった』なんて、こっちのセリフよ」
「でも、言ってくれた。僕の『過剰な甘やかし』を、君は受け入れてくれると」
「……調子に乗らないでよね。次からは、対等な夫婦として、ちゃんと叱るわよ」

 カップを置いて、アシュレイはエナの手を取る。その手は、優しく、力を込めて握られた。

「これからも、ずっとこうして一緒に歩んでいこう。公的な場所でも、二人だけの夜でも」
「……うん」
「君の毒舌も、強がりも、『彫刻に悶える姿』も、甘える顔も、全部……愛してる」
「わ、わかったわよ!  いちいち過去の恥ずかしいことまで掘り起こさないでよ!」

 エナは顔を隠すようにうつむくが、その口元には抑えきれない照れた笑みが浮かんでいた。この幸福が、永遠に続くことを知っているから。



 翌朝、執事のグレンは日誌にこう記した。

 辺境伯夫妻、本日も平常運転。
 旦那様の過剰な甘やかし(愛のレベルは計測不能)により、夫人から平手と毒舌の洗礼。
 なお、両者とも満面の笑みにつき、問題なしと判断する。
 辺境伯夫人の『ツンデレ防御力』は低下傾向にあるが、『幸福値』は過去最高を記録中。
 二人の愛が、領地の発展を約束するであろう───。

 この地には今日も、幸福なふたりの姿がある。毒舌で甘えたがりな伯爵令嬢と、彼女を一心に愛する包容力辺境伯。彼らの夫婦物語は、これからも、愛と甘やかしに満ちた日常として続いていく――。