好きって言ったらキスしてくれる?

「あ、キタもダメだよ? 演劇部を手伝ってもらうって、とっくに決まってるから」

 奏先輩が悪びれもせず、しれっと言って、寮生たちから更なる悲嘆の声が上がる。

「「「「ええ————っ」」」」

 絶望の雄叫びに、うるさそうに耳を手で塞ぎ、奏先輩は悠臣へ目配せする。

「まあ……脚本、演出を担当する僕と違って、キタはせいぜい主役だから、本人がやる、出来るって言うなら、両方に出ることも、演劇部は止めないけど……」

 逃げ道なのか、追い打ちなのかわからないことを言われ、悠臣はますます困ったように笑っている。
 完全に頭を抱えてしまっている濱屋先輩には構わず、奏先輩は今年の新入部員募集用の演劇部のポスターを、机に広げた。

「せっかくだから、演劇部の方は、これに関係した内容でやりたいんだよね……」

 そこに映っているのは、キスしているようにしか見えない悠臣と奏先輩の姿で、俺はそれを実際に目にした時より、今は別の意味で心臓に悪い。胸が痛い。

(あれの内容で……)

 それはつまり、一枚の写真ではなく動きのある舞台上で、奏先輩と恋人のような距離感の悠臣を観るということだろうか。

(それはちょっと……冗談じゃなく具合が悪くなりそう……)

 実際、今もかなり眩暈がする。さすがにこの場で、動揺している姿を晒すわけにはいかないので、俺はなんとか普段どおりのフリをしていたが、本音を言えば、今すぐ部屋へ逃げ帰って、ベッドに潜り込んでしまいたかった。

 けっこう離れた位置にいるのに、なぜか奏先輩はポスターを広げながら、じっとこちらへ視線を投げる。

「僕は裏方に徹するんで、キタの相手役は希望者を募るつもりだよ」

 挑戦的な眼差しを向けられて、どきりと胸が跳ねるのを抑えきれなかった。

(希望者……)

 それをわざわざこっちを見ながら言うとは、どういうことだろう。

(え? は? 俺!?)

 きょろきょろと周囲を見回して、隣に中谷がいることに気がついた。

(あ……)

 女の子役がサマになるに違いない中谷を、軽く勧誘したということか。
 ほっとしたのだか、悔しいのだかよくわからない感情で、俺の胸はドキドキする。

 その後も、演劇部の作品についてウキウキと語り続けようとする奏先輩を、濱屋先輩が一喝した。

「今は楓寮の演劇の話だろうが!!!!」
「————!」

 さすがの奏先輩も口を噤み、食堂が一瞬シーンとなる。

「三崎がやらないんなら、俺が制作側の責任者をやる。配役、スタッフについては、次のミーティングで決める。寮生全員、何かは絶対にやってもらうんで、舞台に立ちたいか裏がいいかは、それまでに各自決めておいてくれ。今日はこれで解散!」

 一息に言い切るが早いか、真っ先に食堂を出ていくので、三年の先輩方が慌てて濱屋寮長の後を追う。

「おい、濱屋―」

 いつになく不穏な様子に、寮生たちはそれぞれに何かを語り合いながら、食堂を出ていく。

 奏先輩は、ポスターを広げたかっこうのまま、動かなかった。
 さすがに残っている人間が少なくなってきたので、何か声をかけた方がいいかと、俺は考えたが、俺が動くより先に、悠臣が奏先輩に歩み寄った。
 ポスターを取り上げてクルクルと丸め、奏先輩に手渡す。

「はい。もう部屋に帰ったほうがいいですよ、先輩」

 奏先輩は、めずらしく表情を失くして立ち竦んでいたが、悠臣に笑いかけられると、笑顔を返した。

「うん」

 二人の姿を、「やっぱり絵になるなぁ」と眺めながら、こういう時すぐに動き出せる悠臣に憧れるし、誇らしく思う。
 どちらかと言えば、明るく前向きな感情が俺の心のほとんどを占めているのに、その中にも、どうしてもチクチクとした胸の痛みが見え隠れした。