好きって言ったらキスしてくれる?

 寮へ帰ると、ちょうど何か大騒ぎになっているところだった。

「まったくお前って奴はどうしていつもいきなり……!」

 珍しく怒っているふうの濱屋寮長の声と

「だってしょうがないじゃない……もう決めたんだもの!」

 強い口調で主張する奏先輩の声。
 それに被る、その他大勢の慌てふためいた声。

「…………」

 俺は食堂の扉を開けたくなさ過ぎて、一瞬、悠臣と顔を見合わせたが、いつまでも扉の前に立っているわけにもいかない。
 楓寮の寮生がみんな食堂に集められているらしいので、駒沢先輩との件がどうなったのか、心配しているだろう中谷と押上に報告をするためには、遅かれ早かれこの扉を開くしかなかった。

「行こう」

 悠臣が扉の取っ手を掴んだので、俺は頷く。
 外にまで完全に漏れ聞こえている大騒ぎの中、扉を開けたくらいで誰も俺たちが遅れて入って来たことには気づかないだろうと思っていたのに、思いがけなく一斉にふり返られた。

「え……」

 それはもう、踏み出そうとしていた足が思わず止まるほど——一斉に。
 一拍の沈黙の後、みんなは口々に悠臣を呼ぶ。

「「「キターーーー」」」

 それはそうだよなという思いで、俺は注目から逃れ、自分だけ人垣の合間を縫って、中谷と押上のところへ行った。

「よかった! 無事に帰ってきたんだ」

 嬉しそうに手を叩く中谷に頷いて、押上へ視線を向ける。

「おかげさまで」

 押上はふんっと鼻で笑って、腕組みして悠臣の方を見た。

「待ってたんだよ!」「どこ行ってたんだよ?」「どうにかしてくれよぉ」と口々に言われて、困ったようにみんなを見回している悠臣を、俺は遠くから指さす。

「どうしたの、あれ?」

 押上が苦いものを噛み潰したような顔をした。

「ああ……夏休みも近いから、開けたらすぐの文化祭の準備を前倒しで進めておこうって、今日のミーティングで話があって……」

 つい先月、体育祭が終わったばかりだというのに、もう九月の文化祭の準備なのかと、俺は気のない返事をする。

「へえ……」

 押上の隣にいた中谷が、にこにこと説明を続けてくれた。

「クラスや部活単位での催しはもちろんだけど、寮ごとに演劇を一本仕上げるのが、宝翔学園の文化祭の伝統なんだ」

 俺はあまりそういうことに知識がなく、興味もなく、完全に他人事という感覚で、中谷の話を聞く。

「へえ……」

 中谷が内緒話をするように、俺の耳に顔を寄せる。

「当然、演劇部の奏先輩が中心になって、楓寮の演劇は作られるとみんな思ってたんだけど……」

 俺でもそう思うと頷きながら、中谷の顔を見る。

「そうじゃないのか?」

 中谷は困ったように肩を竦めてみせた。

「奏先輩が、今年は演劇部の方に集中したいから、寮の劇はノータッチにするって宣言して、今、みんな大騒ぎしてる」
「うわぁ、それは……」

 仏の濱屋先輩だって、さすがに怒るはずだし、新たな救世主を求めて、寮生たちが血眼になって悠臣を捜すわけだ。
 そこへまんまと帰って来て、捕まってしまった悠臣を気の毒に思う。

(頑張れ!)

 ちょうどこちらへ顔を向けていた悠臣にこぶしを突き上げて見せて、口パクでエールを送ると、困ったような顔をされた。