スポーツカーで待っていたのは、露出多めの服を着た、茶色い巻き髪の美女だった。
「あ、うまくいったみたいねー」
手を繋いだ俺と悠臣を見て、そんなことを言いながら大きめのサングラスをかける。
「————!」
俺は慌てて悠臣の手を放して、勧められるまま後部座席へ乗り込んだ。
「お邪魔します……」
「どーぞー」
てっきり悠臣は助手席へ座ると思っていたのに、俺の横に乗り込んでくる。
天井が低いスポーツカーの後部座席はとても狭くて、悠臣と肩や足が当たる。
「増長麻美でーす」
自己紹介されたので、俺はぺこりと頭を下げた。
「宝田です」
「おお、キミが噂の宝田くん」
バックミラー越しに興味深げに見られているようだが、サングラスで目が見えないのでよくわからない。
「噂の?」
いったいどこでどういう噂になっているのかと、俺は首を傾げたが、なぜか少し早口の悠臣が発進を促して、その女の人とゆっくり話すことはできない。
「麻美さん! 急がないと時間ないんでしょ?」
「そうだった、そうだった」
ブオンと大きなエンジン音を響かせて、真っ赤なスポーツカーは華麗なターンを決め、宝翔学園へと帰り始めた。
「…………」
俺と駒沢先輩を追いかけるために、悠臣がこの人に頼んで車で送ってきてもらったことはわかる。
「スパイ映画みたいで面白かったねー」と話しているところを見ると、尾行めいたこともしていたのかもしれない。
「そうですね」
言葉少なに返す悠臣は、なるべくその人に口を開いてほしくないようで、随所随所で話しかける。
「麻美さん、そこ右です」
「そこは真っ直ぐです」
「わかってるよぉ」
そのたびに、少し不貞腐れ気味に車の進行方向を変える「麻美さん」は、すこぶる運転がうまい。免許を持っていない俺でもわかるくらいに。
「間に合ったお礼に、一カ月間筋トレのコーチしてくれる約束、忘れないでよー」
「わかってます」
いったいどんな条件と引き換えに、車に乗せてきてもらったんだと目線で訴えかける俺に、悠臣は困ったように笑った。
「宝田、たぶん俺と麻美さんが一緒のところ見たことがあると思うんだけど……わかる?」
「俺が?」
「うん」
悠臣が頷くので、俺は首を傾げる。
(悠臣が女の人といるところなんて、入学してわりとすぐのあの時しか……)
そう思い返して、思わず麻美さんの後頭部を指さしてしまった。
「あーっ! もしかしてプリンの人?」
「はーい! プリンの人でーす!」
麻美さんは両手を挙げて陽気に答え、悠臣に「ちゃんとハンドル握ってくださいっ!」と叫ばれた。
「ごめん、ごめん」と悪びれもせず、ハンドルを握り直した麻美さんに、俺は頭を下げる。
「今更ですけど、プリンありがとうございました! どれもとっても美味しかったです!」
「どういたしまして」と答える麻美さんは、サングラスで顔が半分隠れていても、笑っていることがわかる。
悠臣と一緒にいるところをちらっと見かけた時は、こういう雰囲気の人ではなかった気がするし、悠臣が例のバイトを通じて出会った人なら、いろいろ辛い経験もしているだろうに、今はこうして楽しそうに笑っていることが、外野ながらに俺も嬉しい。
自然と口角が上がりながらバックミラーを見ていたので、俺が嬉しそうなことは麻美さんにも筒抜けだったようだ。
「さすが次男くんが選んだ子……宝田くん、優しいね」
「え?」
褒められて照れくさかったが、それ以上に、「次男くんが選んだ子」というフレーズがくすぐったかった。
「その「次男」って……?」
照れ隠しに尋ねてみると、悠臣が答えてくれる。
「俺のことだよ」
「それはわかってる」
俺たちのやり取りを聞いて、麻美さんが「あはは」と笑いだす。
「どこまで聞いてるのかわからないけど、私たちと居る時、次男くんは本当の自分の情報を極力出さないようにしててね……」
そこまでは俺も悠臣から聞いて知っているので、そう伝えるために麻美さんに向かって大きく頷く。
「年や職業なんかも、かなり幅を利かせてごまかしてるんだけど、名前も私たちが勝手に決めて呼んでいいことになってるんだ」
「へえ」
それは知らなかったので、俺は素直にそういう相槌を返した。
「考えるのが面倒だったんで、私はママが……あ、次男くんのお母さんが、呼んでる呼び名をそのまま使わせてもらったの」
「そうなんですか」
ということは、悠臣は自分の母親から『次男』と呼ばれていることになる。
「あ、俺、三人兄弟の真ん中」
本人が笑顔で教えてくれた情報も、目新しいには違いないが、自分の息子を名前じゃなくて『次男』と呼ぶのは、かなり特殊な気がする。そちらの方が、やはり気になる。
俺の考えていることは、やっぱり表情に出てしまっていたようで、麻美さんがバックミラー越しに何か言おうとする。
「次男くんは、さ……」
それはどうやら、悠臣にとってあまり口外してほしくはない話らしく、あからさまに麻美さんを妨害しようとする。
「麻美さん! 俺のことはいいから運転に集中してください!」
しかし麻美さんは、にやっと人の悪い笑い方をして、おそらく悠臣が必死に隠したかったであろう情報を、あっさりと俺に教えてしまった。
「将来絶対出会うはずの、一番好きな人にしか、自分の名前を呼ばせないって決めてる、超ロマンチストなんだよね」
「………………え?」
たっぷり二呼吸ぶんぐらい、思考と身体が止まってから、俺は改めて悠臣の顔を見たが、完全に両手で顔を覆ってしまっていて、見ることはできなかった。
でもその手も、耳の先も、かわいそうなくらいに赤い。
「悠臣?」
今聞いた信じられないようなことを、頭の中で整理しようと、俺はとても小さな声でその名を呼んだのに、麻美さんはしっかり聞こえたらしく、「あっはははは」と大きな声を上げて笑いだしてしまった。
「ごめん、ごめん……ごめんねぇ、次男くん……っ」
笑いながらの謝罪に、悠臣が肩を震わせる。
「絶対に許しません……」
顔を覆っていたはずの手を、いつの間にか片方外していて、その手で俺の手を掴むものだから、悠臣から伝染したように、俺の頬もとても熱くなった。
「あ、うまくいったみたいねー」
手を繋いだ俺と悠臣を見て、そんなことを言いながら大きめのサングラスをかける。
「————!」
俺は慌てて悠臣の手を放して、勧められるまま後部座席へ乗り込んだ。
「お邪魔します……」
「どーぞー」
てっきり悠臣は助手席へ座ると思っていたのに、俺の横に乗り込んでくる。
天井が低いスポーツカーの後部座席はとても狭くて、悠臣と肩や足が当たる。
「増長麻美でーす」
自己紹介されたので、俺はぺこりと頭を下げた。
「宝田です」
「おお、キミが噂の宝田くん」
バックミラー越しに興味深げに見られているようだが、サングラスで目が見えないのでよくわからない。
「噂の?」
いったいどこでどういう噂になっているのかと、俺は首を傾げたが、なぜか少し早口の悠臣が発進を促して、その女の人とゆっくり話すことはできない。
「麻美さん! 急がないと時間ないんでしょ?」
「そうだった、そうだった」
ブオンと大きなエンジン音を響かせて、真っ赤なスポーツカーは華麗なターンを決め、宝翔学園へと帰り始めた。
「…………」
俺と駒沢先輩を追いかけるために、悠臣がこの人に頼んで車で送ってきてもらったことはわかる。
「スパイ映画みたいで面白かったねー」と話しているところを見ると、尾行めいたこともしていたのかもしれない。
「そうですね」
言葉少なに返す悠臣は、なるべくその人に口を開いてほしくないようで、随所随所で話しかける。
「麻美さん、そこ右です」
「そこは真っ直ぐです」
「わかってるよぉ」
そのたびに、少し不貞腐れ気味に車の進行方向を変える「麻美さん」は、すこぶる運転がうまい。免許を持っていない俺でもわかるくらいに。
「間に合ったお礼に、一カ月間筋トレのコーチしてくれる約束、忘れないでよー」
「わかってます」
いったいどんな条件と引き換えに、車に乗せてきてもらったんだと目線で訴えかける俺に、悠臣は困ったように笑った。
「宝田、たぶん俺と麻美さんが一緒のところ見たことがあると思うんだけど……わかる?」
「俺が?」
「うん」
悠臣が頷くので、俺は首を傾げる。
(悠臣が女の人といるところなんて、入学してわりとすぐのあの時しか……)
そう思い返して、思わず麻美さんの後頭部を指さしてしまった。
「あーっ! もしかしてプリンの人?」
「はーい! プリンの人でーす!」
麻美さんは両手を挙げて陽気に答え、悠臣に「ちゃんとハンドル握ってくださいっ!」と叫ばれた。
「ごめん、ごめん」と悪びれもせず、ハンドルを握り直した麻美さんに、俺は頭を下げる。
「今更ですけど、プリンありがとうございました! どれもとっても美味しかったです!」
「どういたしまして」と答える麻美さんは、サングラスで顔が半分隠れていても、笑っていることがわかる。
悠臣と一緒にいるところをちらっと見かけた時は、こういう雰囲気の人ではなかった気がするし、悠臣が例のバイトを通じて出会った人なら、いろいろ辛い経験もしているだろうに、今はこうして楽しそうに笑っていることが、外野ながらに俺も嬉しい。
自然と口角が上がりながらバックミラーを見ていたので、俺が嬉しそうなことは麻美さんにも筒抜けだったようだ。
「さすが次男くんが選んだ子……宝田くん、優しいね」
「え?」
褒められて照れくさかったが、それ以上に、「次男くんが選んだ子」というフレーズがくすぐったかった。
「その「次男」って……?」
照れ隠しに尋ねてみると、悠臣が答えてくれる。
「俺のことだよ」
「それはわかってる」
俺たちのやり取りを聞いて、麻美さんが「あはは」と笑いだす。
「どこまで聞いてるのかわからないけど、私たちと居る時、次男くんは本当の自分の情報を極力出さないようにしててね……」
そこまでは俺も悠臣から聞いて知っているので、そう伝えるために麻美さんに向かって大きく頷く。
「年や職業なんかも、かなり幅を利かせてごまかしてるんだけど、名前も私たちが勝手に決めて呼んでいいことになってるんだ」
「へえ」
それは知らなかったので、俺は素直にそういう相槌を返した。
「考えるのが面倒だったんで、私はママが……あ、次男くんのお母さんが、呼んでる呼び名をそのまま使わせてもらったの」
「そうなんですか」
ということは、悠臣は自分の母親から『次男』と呼ばれていることになる。
「あ、俺、三人兄弟の真ん中」
本人が笑顔で教えてくれた情報も、目新しいには違いないが、自分の息子を名前じゃなくて『次男』と呼ぶのは、かなり特殊な気がする。そちらの方が、やはり気になる。
俺の考えていることは、やっぱり表情に出てしまっていたようで、麻美さんがバックミラー越しに何か言おうとする。
「次男くんは、さ……」
それはどうやら、悠臣にとってあまり口外してほしくはない話らしく、あからさまに麻美さんを妨害しようとする。
「麻美さん! 俺のことはいいから運転に集中してください!」
しかし麻美さんは、にやっと人の悪い笑い方をして、おそらく悠臣が必死に隠したかったであろう情報を、あっさりと俺に教えてしまった。
「将来絶対出会うはずの、一番好きな人にしか、自分の名前を呼ばせないって決めてる、超ロマンチストなんだよね」
「………………え?」
たっぷり二呼吸ぶんぐらい、思考と身体が止まってから、俺は改めて悠臣の顔を見たが、完全に両手で顔を覆ってしまっていて、見ることはできなかった。
でもその手も、耳の先も、かわいそうなくらいに赤い。
「悠臣?」
今聞いた信じられないようなことを、頭の中で整理しようと、俺はとても小さな声でその名を呼んだのに、麻美さんはしっかり聞こえたらしく、「あっはははは」と大きな声を上げて笑いだしてしまった。
「ごめん、ごめん……ごめんねぇ、次男くん……っ」
笑いながらの謝罪に、悠臣が肩を震わせる。
「絶対に許しません……」
顔を覆っていたはずの手を、いつの間にか片方外していて、その手で俺の手を掴むものだから、悠臣から伝染したように、俺の頬もとても熱くなった。



