先輩が俺を連れて行ってくれた場所は、見渡す限りの花畑だった。
どこまでもずっと、見える範囲全部、地面を覆い隠すように、小さな青い花が咲いている。
「すげえ」
感嘆の息を吐く俺を、先輩は嬉しそうに見ている。
「青色好きでしょ?」
当然のように言い当てられて、一瞬怯みながらも、俺は正直に頷いた。
「…………はい」
俺たちの他には、二、三組のカップルがいるだけ。
平日の夕方ということもあり、普段よりかなり人が少ないのだろうなということは予想が付いた。
休憩所とフォトスポットとして設けてあるいろんな形の東屋には、もっと人で埋め尽くされている時の写真も飾られている。
「皆実ちゃん」
先輩に呼ばれて顔を向けると、スマホで写真を撮られる。
何度か撮影ボタンをタップしながら、先輩が俺に言った。
「可愛い顔が見えないから、前髪上げて」
「…………」
「今だ」と思い、俺はこぶしを握りしめた。
「嫌です」
せいいっぱいの勇気をふり絞って答えると、先輩がスマホを下ろして、首を傾げる。
「何?」
俺は大きく息を吸って、腹に力を込めた。
なるべく震えず、しっかりと先輩にも聞こえるくらい、大きく声が出るように。
「可愛いって言われるの……俺、本当は嫌なんです」
いったい何と返事されるのか、緊張のあまり頭がくらくらするほどだったのに、先輩はあっさりと——拍子抜けして俺がその場に座りこんでしまいそうになるくらい簡単に、言った。
「知ってるよ」
「……え?」
その言葉の意味するところが、本当に理解できなくて、俺はよほど狼狽した顔をしているのだろう。
俺を見つめる先輩の目に、かすかに憐みの色が浮かぶ。
「中学の頃からずっと知ってたよ。でも皆実ちゃん、そう言わないだろ? だから我慢できるくらいのことなんだって……」
話しながら、先輩が俺に近付いてくる。
俺はもう完全に足に力が入らなくて、そこから逃げ出すことも出来ずに、じりじりと後ずさりするしかない。
「だったら可愛いんだから、「可愛い」って言ってあげたほうがいいよね、こんなに可愛いんだから」
先輩の指が、俺の顔に伸びる。眼鏡を勝手に取って、どこかへ投げ捨てて、前髪にかかろうとする指が、真顔で俺を見つめる目が、全身が震えそうになるほど心底怖い。
いや実際に、もう震えているのかもしれない。
先輩は弱々しい獲物を追い詰めたような、余裕の表情をしている。
その顔を目にして、かあっと全身が熱くなるほど、反駁の思いが胸に燃え上がった。
「だから言うなって! 嫌だって言ってるだろ!」
敢然と顔を上げて、俺は言い放った。
それは二歳年上の先輩に対して口にするには、失礼千万な言い方だった。
内容にしても、絶対に言えないと、俺自身が俺にずっと長い呪縛をかけていたものだった。
でも一度口にしてしまえば、言葉はあっけないほどに次から次へと出てくる。
「俺は「可愛い」なんて言われても、ちっとも嬉しくない! 弱い人間だって言われているようで、腹が立つ。もう言わないでほしい。もう俺に会いに、来ないで……ください……」
言葉を重ねるうちにだんだん理性を取り戻して、最後のほうはかろうじて礼儀を取らなければと思い立ったし、勢いを失ってしまったが、言いたいと思っていたことをなんとか全部言えた。
こぶしを握りしめて、顔を伏せないように必死に頑張っている俺のすぐ目の前に迫っていた駒沢先輩が、何かを思案するように、眼鏡のブリッジ部分を、人差し指で押し上げる。
「ふーん……皆実ちゃん、ずいぶん変わったね……いったい誰の影響だろ」
俺自身、誰かのせいで自分に変化があったという自覚などなかったが、先輩がそう呟いた瞬間、脳裏を掠めた面影があった。
どこまでもずっと、見える範囲全部、地面を覆い隠すように、小さな青い花が咲いている。
「すげえ」
感嘆の息を吐く俺を、先輩は嬉しそうに見ている。
「青色好きでしょ?」
当然のように言い当てられて、一瞬怯みながらも、俺は正直に頷いた。
「…………はい」
俺たちの他には、二、三組のカップルがいるだけ。
平日の夕方ということもあり、普段よりかなり人が少ないのだろうなということは予想が付いた。
休憩所とフォトスポットとして設けてあるいろんな形の東屋には、もっと人で埋め尽くされている時の写真も飾られている。
「皆実ちゃん」
先輩に呼ばれて顔を向けると、スマホで写真を撮られる。
何度か撮影ボタンをタップしながら、先輩が俺に言った。
「可愛い顔が見えないから、前髪上げて」
「…………」
「今だ」と思い、俺はこぶしを握りしめた。
「嫌です」
せいいっぱいの勇気をふり絞って答えると、先輩がスマホを下ろして、首を傾げる。
「何?」
俺は大きく息を吸って、腹に力を込めた。
なるべく震えず、しっかりと先輩にも聞こえるくらい、大きく声が出るように。
「可愛いって言われるの……俺、本当は嫌なんです」
いったい何と返事されるのか、緊張のあまり頭がくらくらするほどだったのに、先輩はあっさりと——拍子抜けして俺がその場に座りこんでしまいそうになるくらい簡単に、言った。
「知ってるよ」
「……え?」
その言葉の意味するところが、本当に理解できなくて、俺はよほど狼狽した顔をしているのだろう。
俺を見つめる先輩の目に、かすかに憐みの色が浮かぶ。
「中学の頃からずっと知ってたよ。でも皆実ちゃん、そう言わないだろ? だから我慢できるくらいのことなんだって……」
話しながら、先輩が俺に近付いてくる。
俺はもう完全に足に力が入らなくて、そこから逃げ出すことも出来ずに、じりじりと後ずさりするしかない。
「だったら可愛いんだから、「可愛い」って言ってあげたほうがいいよね、こんなに可愛いんだから」
先輩の指が、俺の顔に伸びる。眼鏡を勝手に取って、どこかへ投げ捨てて、前髪にかかろうとする指が、真顔で俺を見つめる目が、全身が震えそうになるほど心底怖い。
いや実際に、もう震えているのかもしれない。
先輩は弱々しい獲物を追い詰めたような、余裕の表情をしている。
その顔を目にして、かあっと全身が熱くなるほど、反駁の思いが胸に燃え上がった。
「だから言うなって! 嫌だって言ってるだろ!」
敢然と顔を上げて、俺は言い放った。
それは二歳年上の先輩に対して口にするには、失礼千万な言い方だった。
内容にしても、絶対に言えないと、俺自身が俺にずっと長い呪縛をかけていたものだった。
でも一度口にしてしまえば、言葉はあっけないほどに次から次へと出てくる。
「俺は「可愛い」なんて言われても、ちっとも嬉しくない! 弱い人間だって言われているようで、腹が立つ。もう言わないでほしい。もう俺に会いに、来ないで……ください……」
言葉を重ねるうちにだんだん理性を取り戻して、最後のほうはかろうじて礼儀を取らなければと思い立ったし、勢いを失ってしまったが、言いたいと思っていたことをなんとか全部言えた。
こぶしを握りしめて、顔を伏せないように必死に頑張っている俺のすぐ目の前に迫っていた駒沢先輩が、何かを思案するように、眼鏡のブリッジ部分を、人差し指で押し上げる。
「ふーん……皆実ちゃん、ずいぶん変わったね……いったい誰の影響だろ」
俺自身、誰かのせいで自分に変化があったという自覚などなかったが、先輩がそう呟いた瞬間、脳裏を掠めた面影があった。



